別れの始まり




はその日のバイトは裏口から入った。

バタバタと走りながら階段を上がるの姿を見た木村が声を掛ける。

「よう、ちゃん。」

「こんにちは、木村さん。」

いつもはちゃんと足を止めて丁寧に挨拶をするのに、今日は足を止めずに振り返って挨拶をしては2階へ消えて行った。

木村はそんないつもと様子の違うに首を傾げた。

さん、どうしたんですかね。」

いつの間にか木村の後ろに立っていた板垣が声を出す。

全然気配に気付いていなかった木村は驚いて振り返り、苦い顔をした。


「八木さん。見て、見て!」

事務室のドアを勢いよく開けて入ってきたに驚いた八木が顔を向ける。

「どうしたんだい、そんなに興奮して。」

八木の机の前に来たが何かの紙を広げて八木の目の前に掲げる。

「『採用通知...』凄いじゃないか、さすがだね、さん。でもそうなるとここのバイト辞めることになっちゃうんだよね。少し寂しいね。」

「あ...そうですね。私辞めるんですよね、忘れてました。」

俯いて寂しそうにするに八木が慌ててフォローを入れる。

「いや、さんが就職するのはおめでたいことだよ。
そうだね、それじゃあ、いつまでここのバイト続けられるかな?3月は卒業旅行とか就職の準備とかあるでしょ?」

「はい、一応。卒業旅行は私の拒否権無しで強制参加なものが既に計画されていますね。そうですね、2月末日が丁度キリがいいかもしれません。」

「じゃあ、あと約半年か...」

「そうですね。それまで目いっぱい働かせて頂きます。とりあえず着替えてきますね。」

入って来たときと同様に慌しく出て行った。


資料の整理をしていると木村がやってきた。

「なんだ、ここにいたんだ。」

「あれ?どうしたんですか、木村さん。うわっ」

以前、高いところの資料は椅子か台かを使って取るようにと木村に言われたはちゃんと言いつけを守って椅子を使っていた。

しかしその椅子は事務室にある小さな車輪が付いているもので上に立って作業をするようには出来ていない。

木村の声に振り返ったはバランスを崩して椅子から落ちる。

「...ちゃん、もっと安定感のある椅子を使いなよ。」

木村は間一髪でが床に衝突するのを受け止め、そのまま抱きしめながら溜息混じりで口を開く。

「は..い。」

背中から落ちそうになってさすがに驚いたは呆然としながら何とか声を出した。

そんなの様子を見た木村はどさくさに紛れての頭に唇を落として腕を緩める。

何をされたか理解できずに呆けていたはさっきの状況を思い出し、片手で支えてくれている木村に向き直った。

木村は手を離しての言葉を待つ。

「ありがとうございます。木村さん、怪我はなかったですか?試合近いのに、ごめんなさい...」

「大丈夫だって、気にしなくていいよ。ちゃんこそ大丈夫?俺が支えたけど足とか捻らなかった?」

「はい、おかげさまで無傷です。ところで、私を探していたんですか?何でしょう?」

「いや、あー。さっき慌ててたみたいだけど、どうしたのかなぁ、と思って。」

「あ、はいはい。それですか。私就職決まったんですよ。その通知が届いたので八木さんに見せようと思っていたので。」

「凄いじゃないか。この不況の最中。就職試験とかあったんでしょ?でも、バイトと大学って勉強する時間なんてよく有ったね。予備校みたいなのにも通ってなかったんだよね?」

「はい。でも大学に入ったときからコツコツとやっていましたし、バイトの無い日はバイトの時間を勉強にまわしていましたから。
私、皆のような体力はありませんけど精神的な持久力はありますから。
やってやれないことは無い!!」

そう言っては拳を突き上げる。

(そうだった。ちゃんって真面目で努力家だった。今だってレベルの高い大学に通っているし、高校のときは何だかんだ言って部活とバイトを両立させていたもんな。

確かに、やってやれないことは無いかもしれないな。

でも、もっと一緒に居られると思っていたのにな。

忘れてたよ、ちゃんが今年で大学を卒業するなんて。)

木村は俯くとに顔を見られてしまうため、上を向いてそんなことを思った。

天井を見つめたままの木村を怪訝に思ったが声を掛けた。

木村は慌ててに答える。

「あ、いや。何でもないよ。じゃあ、バイトはいつまで?」

「2月末日までということになりました。」

「そっか。じゃあ、その頃送別会しないとね。」

「え?いや、いいですよ。私、バイト生ですし。」

「何言ってるんだよ。ちゃんは一歩より鴨川歴長いじゃないか。立派にジムの一員だよ。まあ、まだ先の話だけどね。そうだ、何かお祝いするよ。今は試合が近いからアレだけど、終わったらさ。」

「いえ、そんな...。申し訳ないですよ。」

ちゃんに拒否権なし!じゃあ、俺練習に戻るから。」

木村は、いつものようにポンポンとの頭に優しく手を置いて練習に戻った。


独り残されたは木村の出て行ったドアを見つめながら

「今回は強引だなぁ。」

と呟いた。




『別れ』とかタイトルに有りますが、それでもあと10話くらいはあります。
ご安心(?)ください。
寧ろ、長すぎですかね??


桜風
05.9.10


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