兄と彼女





「乾杯!」

3月1日、ちゃんの送別会を開いた。

「さあ、さん。君が主役なんだから挨拶して。」

八木さんに促されてちゃんはマイクを手にする。元放送部ということだけあって、マイクを手にしても堂々としている。

挨拶を終えてお辞儀をするちゃんに拍手を送る。

、何か歌え。」

と鷹村さんが言った。

少し考えてちゃんは「知らないかな?」と言いながら歌い始める。

俺はその歌は知らなかったが、歌詞を聴いていると彼女自身の生き様というか、そういうのと重なる。胸を張ってまっすぐに前を見据えながら進んでいく、そんな感じの歌だった。

さん、ボク今までさんの歌を聴いたことなかったけど上手ですね!」

「そう?板垣君もいい声してるし、上手いでしょ?」

席に戻ってきたちゃんに板垣が声を掛けていた。

その後、鷹村さんが何度も同じ曲を繰り返し歌っていた。

周りと話をしたはずだが、何を話したか覚えていない。



ちゃん、送っていくよ。」

鷹村さんが二次会と騒いでいたが、ちゃんが帰ると言ったので申し出た。ちゃんは申し訳なさそうにしていたが、夜も遅い上に徒歩と言うこともあって頷く。



ちゃん、聞いて欲しいことがあるんだ。」

ちゃんの家の最寄り駅に着いたとき、俺は覚悟を決めた。

たぶん、答えは分かっている。

「何ですか、木村さん?」

俺の態度を見て彼女も真剣に返してくる。

「俺、ちゃんのことが好きなんだ。もう6年以上経つかな。...やっぱり気付いてなかったみたいだね。」

俺の言葉を聞いて彼女は動揺して、目がせわしなく動いている。

「木村さん、あの、私。」

彼女は一度言葉を切って深呼吸をし、真剣な眼差しで口を開く。

「私は、木村さんの想いに応えることは出来ません。私は...」

「宮田が好き、だろ?」

俺は、きっと彼女の言葉に続くだろうという言葉を言った。

彼女は目を見開き、固まる。俺は思わず苦笑を漏らした。


分かっていた。ずっと彼女を見てきた。

だからこそ、気付いてしまった。彼女の想いを、自分のポジションを。

認めるのが嫌で、ずっと気付かないフリをしていた。自分を騙そうとしていた。

でも、それもここで終わらせる。


俺はいつものように彼女の頭にポンポンと手を置く。

「ごめんな、困らせるようなことを言って。」

「な、何で分かったんですか?私、そんなにあからさまでしたか?」

「いや、俺はずっとちゃんを見てたから。ちゃんにとって、俺は...『兄貴』だろ?」

「は..い。こんなお兄ちゃんが居たら良かったなって思ってました。」

「俺、いっつも『イイヒト』で終わるんだよな、何でだと思う?」

「えっと、それはきっと本当にいい人だからですよ。それに、えっと...」

ちょっとした軽口のつもりで言ったのに、彼女は真剣に考えている。そんな素直なところはずっと変わらない。

ちゃんは告白、しないの?今じゃなくてもさ、今度の一歩との試合が終わったあととか。いい返事が来るんじゃないの?」

「いいえ。私は臆病ですから...」

「『宮田の邪魔になりたくない』とは言わないんだ?」

「そうですね。建前で話をするのでしたらそう言いますよ、きっと。でも、木村さんは本音を話してくれたじゃないですか。本音で話してくれた人には本音を返さないと。」

本当にまっすぐで真摯な子だ。俺は彼女を想うことが出来てよかったと思う。

「俺はね、ちゃんが安心して甘えられる、そんな男になりたかったんだよ。だから、何かあったらこの『お兄ちゃん』を頼りなよ?ちゃんが弱ってるときに付け込む真似なんてしないからさ。」

「木村さん...」

彼女は泣きそうな顔で笑う。なんとも複雑な表情だ。

「これからも、応援してくれるかな?何だか気まずいかもしれないけど。」

「それは勿論ですよ。私、絶対に木村さんはベルトを獲るって思っているんですから。今までどおり、ひっそりとホールで応援させてもらいますよ。」

「はは、『ひっそり』か。そうだな、ちゃんって静かに観戦するよな。どうして?」

「目を逸らさないようにするのに精一杯なんです。思わず叫んだこととかありますけどね。」

「俺のチャンピオンカーニバルとか?」

「...聞こえたんですか?私、鷹村さんたちと一緒に居たから結構後ろにいたんですよ?」

「聞こえたよ?きっと、ちゃんの声だったからだよ。応援してほしい人の声だったからじゃないかな?」

「そう..ですか。」

「そうだよ。じゃあ、改めて。これからも宜しくな、『妹』よ。」

俺は右手を差し出して握手を求めた。

彼女はいつもの柔らかい笑みを浮かべて握手に応える。

「こちらこそ、お世話になると思います、『お兄ちゃん』。」

少し沈黙をしたあと、俺たちはお互いの芝居がかったセリフに吹き出した。


「また、ジムの方にも顔を出しなよ。皆、きっと寂しがっていると思うからさ。じゃあ、おやすみ。」

彼女を家まで送り届けて、俺は独り帰る。

いつもより夜風が冷たく感じる弥生の一夜だった。




キム兄さん、ケジメをつけました。
さてさて。
次にケジメをつけるのは...ですよねー。
まだ時間掛かるけど(笑)


桜風
05.11.12


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