| 宮田が一歩に勝った試合から1週間後、俺はジムから帰る途中で知ってる子を見かけた。 ちゃんの親友のちゃんだ。何だか沈んでいるように見える。 「ちゃん。」 ちゃんは振り返って俺を見て会釈をした。泣いていたのか、目が赤い。 声を掛けた手前、「それじゃあ」というわけにもいかず、彼女に近づいた。 「やあ、1年ぶりくらいかな?確か、薬剤師さんだっけ?...えっと、聞いてもいいかな。どうしたの、目が赤いけど。」 余計なこととは思ったけど、思わず口にしていた。 「こんばんは。...ッ」 彼女の目から涙が溢れてきたから俺は慌てた。こんな道の真ん中で泣かせたままというのは好ましくないので、近いこともあって俺の家に連れて帰った。 「ただいま。」 店から家に帰る。店番をしていた親父が目を見開いて泣いている彼女と俺を見比べる。 「さぁ、いいからおいで。...後で説明する。」 まずは彼女優先だから親父への説明は後回しにする。 2階の俺の部屋に彼女を案内して下に降りて飲み物を用意する。コーヒーはちゃんの例もあるから苦手かもしれない。確かちゃんは紅茶は飲んでいたしちゃんも紅茶をあげていた。紅茶なら飲めるはずだから俺と彼女の2人分の紅茶を淹れながら適当に漁って茶請けと、冷やしたタオルを用意する。 「達也、どうしたんだいあの子。」 俺が2階に彼女を案内しているところを目撃していたお袋が声を掛けてきた。 「あの子、ちゃんの友達なんだよ。何か困っているみたいだったから。親父にもそう説明しておいてくれよ。」 そう言って俺は2階の部屋に戻っていった。 ちゃんは泣き腫らした目で、水槽をぼんやり眺めていた。ドアは開け放しにしていたけどノックをする。 彼女はゆっくりとこちらに顔を向けた。 「落ち着いた?はい、タオル。冷たくて気持ちいいよ。ちゃんは紅茶飲めたよね、どうぞ。これも適当に食べてよ。」 彼女は俺の渡したタオルを手にしたまま俯いている。とりあえず、彼女の気持ちが落ち着くように音楽をかける。 「ちゃん、俺は無理に泣いてた理由を聞こうと思わないから。俺が居ない方がいいなら部屋から出て行くし。」 彼女は弱々しく左右に首を振り、ポツポツと話し出した。 「今日、フラれたんです。結婚も真剣に考えていたのに...。何かよく分からないんですけど、もう1人付き合ってた人がいてそっちの方が魅力あるって。私といると息が詰まりそうだって言われたんです。...ずっと前からそう思ってたって言われました。...悲しいのとか、悔しいのとかがごっちゃになって、もう、どうしたらいいか分かりません。」 再び彼女は堰を切ったように泣き出した。 世の中には酷い奴がいるもんだ。 俺は泣いている彼女を宥めるように頭を撫で続けた。 涙が止まり、彼女が声を出す。 「ありがとうございました。木村さんに聞いてもらえて少しすっきりしました。...あの、この事はちゃんには言わないでくれませんか?あまり心配をかけたくないんです。」 俺は返事をせずに微笑むだけに留めた。迷っている、言った方がいいような気がする。きっと、ちゃんなら彼女を元気付けることが出来る。約束が出来ないから返事はしない。 「紅茶冷めちゃったな、替えてくるよ。...要ちゃんはコーヒー大丈夫?今、いい豆があるんだよ。」 「はい、コーヒー好きですよ。...そうか、ちゃんはコーヒーがダメですもんね。」 「そうなんだよ。じゃあ、コーヒーにしような。少し待ってて。あ、音楽替えていいよ、CDそこに積んであるから。」 俺は部屋を出て台所に行き、新たにコーヒーを淹れる。その間に氷水にタオルを浸しておいた。 「達也、あの子どうだい?帰りはアンタが送ってあげなさい。」 気になっていたらしいお袋がやって来て言う。 「ん、そのつもり。まぁ、随分落ち着いたよ。」 カップにコーヒーを注ぎ、タオルを絞って再び2階の自室に向かった。 今度は彼女はCDを広げて見ていた。少し元気が出たみたいだ。開け放しのドアをノックして入る。 「木村さんって洋楽のCDを結構持ってるんですね。」 「んー?まぁ、練習に使ったりしてるからね。何か聞きたいのがあったら貸してあげるよ。」 「本当ですか?私これ聞いてみたかったんです。お借りしてもいいですか?」 彼女はCDを1枚手に取って聞いてきた。 「ああ、いいよ。さぁ今度こそ冷めないうちに飲みなよ。あと、これ。新しく冷やしたタオル。」 彼女の目の腫れも引いたから車で送ることにした。 ちゃんはウチの両親に挨拶をして車に乗り込む。彼女の家は一度だけ送ったことがあるから迷わずに済んでいる。 「そうだ、CDはいつお返ししたらいいですか?」 「いつでもいいよ。ジムの方でもいいけど、家に持って来てくれれば確実に俺に届くから。」 「ジムだと届かないんですか?」 「ジムは理不尽大王が好き勝手するからなぁ。ちゃんがいたときはアレでマシな方だったんだけどな。」 「そういえば、最近ちゃんとどうです?」 俺は苦笑いをして彼女をちらりと見た。どうやら知らないらしい。まぁ、ちゃんは他人に言いふらすような子じゃないしな。 「あー、ちゃんな。彼女がバイトを辞めるときに俺、玉砕してるんだよ。まぁ、分かってたんだけどな。だから、今の俺はちゃんにとって頼れる兄貴ってやつ、かな?」 ちゃんは俯いて顔を曇らせて「ごめんなさい」と言った。 やっぱり今はこんな話は良くなかったみたいだ。でも、聞かれたなら答えないと。 「いや、気にしなくてもいいよ。さっきも言ったとおり分かってたことだし、ちゃんみたいな妹いたら楽しそうだと思わない?今は、兄貴のポジション気に入ってるんだよ。」 「ああ、分かります!私弟が2人いるんですけど、ちゃんって時々妹要素があってこんな子ウチに欲しかったなって思ったりしますよ。特に天然ボケを目の当たりにしたときとか。―――」 その後、彼女を送り届けるまで車の中はちゃんの話題で盛り上がった。 しかし、こんなにネタのあるちゃんって何だろう。 そう思わずにはいられなかった。 |
お相手キム兄さん。
前の連載であまりにも気の毒になったので...
とか言いながら、この連載でもあの(バ)カップルはかなりハバを利かせてます(笑)
桜風
06.01.07
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