| ちゃんの誕生日の翌日、私は定期検査のために仕事を休んで病院へ行った。いつものことだけど診察は午前中に終わって午後は家でゆっくりしていた。 事前にそういう状況になると知っていた宮田君が家にやってきた。そのままジムに行くつもりなのか、練習着が詰まっている鞄も持っている。 「...宮田君、暇なの?」 「いや、忙しいよ。だからこそ、会えるときにを満喫して愛を補充しておかないと、な?」 『満喫して愛を補充しておかないと、な?』じゃないと思う。 2人でいるときは相変わらずの壊れっぷりだ。いい加減慣れてもいいとも思うけど、やっぱりこういうのは苦手。でも、頑張って言い返してみる。 「ふうん、宮田君は私に逢えないと愛がなくなっちゃうんだ?」 「いや、無くなるんじゃない。日に日に愛を蓄えておく器が大きくなるんだよ。ほらな?補充しておかないと。」 そう言って後ろから抱きしめて私の髪に顔を埋めた。もう抵抗する気力も殺がれて大人しく抱きしめられたままになる。 突然私の携帯が鳴った。着信音でちゃんからだと分かる。宮田君は私を解放した。 彼は私の生活を制限しない。こんな時に鳴る電話には思いっきり不服そうな目で見るけど、私に「出るな」とは言わない。それが彼のポリシーらしい。自分はボクシングを中心にして生活していて私に合わせてもらうんだから自分が譲れるものはなるべく譲る、そう決めていると以前聞いたことがある。そんな彼の心遣いが嬉しい。 「もしもし、です。」 『ちゃん?です。今日ちゃん仕事?何時に終わるかな?』 「ううん、今家にいるよ。今日は病院に行ったから。どうかした?」 『えっと、じゃあさ、ちゃんってボクシングのビデオ持ってるよね?貸してくれない?その、良かったら、だけど。』 「うん、いいよ?えっと...」 そう言って私は宮田君に顔を向ける。すぐ傍にいたから話の内容が聞こえていたらしく、渋々頷いた。 「じゃあ、今からおいで。」 そう言って電話を切った。 「...ごめんね?」 「いや、いいよ。それより、俺はここにいていいのか?帰った方がいいなら....帰る、けど。」 思いっきり不本意そうだけど気を遣ってくれる。そんな彼が可愛くて笑ってしまう。私に笑われた彼は拗ねてそっぽを向く。...それが益々可愛いく思えてしまうって何で分からないんだろう? 数十分後、ちゃんが来た。 リビングに案内するとちゃんは宮田君を見て固まった。それに構わずに宮田君は「どうも」と会釈をする。 「ち、ちょっと。ちゃん、宮田君がいるじゃない?!何で来ても良いって言うのよ?いや、私が言うのも筋違いかもしれないけど、ここは敢えて言わせてもらうよ。」 「うん。でも宮田君が良いって言ってくれたから。それに、ちゃんはボクシングのビデオ見たいんでしょ?それなら解説があった方がいいと思うし。まあ、今の時間だったら2・3試合ぐらいしか見れないとは思うけど。いいでしょ、宮田君。」 「ああ。さん、何見る?あ、でも俺の試合以外な?」 『何見る?』と言われてもちゃんには分からないだろうから私が見繕う。 「これ、木村さんのチャンピオンカーニバルのときの。えーと、もう2年位前のだけど。」 「じゃあ、それ。」 ちゃんが言うからデッキに入れて再生を押す。 試合は私も見ていたから時間を見ながらお茶を淹れる。 試合が終わった頃にお茶を淹れ終わったら宮田君が困った顔をしてこちらを見ていた。ちゃんを見るとぼろぼろ涙を零していた。 宮田君を避難させて私はちゃんの傍で泣き止むのを待った。 ちゃんも落ち着いたから 「お茶が入ってるから飲んで?」 お茶を勧めた。 ちゃんは私の言葉に従ってテーブルに着いた。 チラチラと宮田君を見ていたけど何か気合を入れて声を掛けた。 「宮田君って今度試合があるって聞いたけどいつ?もうご飯の量減らしてるの?」 「だいたい2ヵ月後。今から減量するとスタミナが付かないからまだだけど...?」 「じゃあさ、試合が終わったら何でも食べられるの?甘い物とか...」 「まあ、大抵普通に食べれるよな。」 ...ああ、やっぱりちゃん興味持っちゃったか。 そう思っていると携帯が鳴った。今度は木村さんからだった。 廊下に出て通話ボタンを押す。 「もしもし、です。」 『ちゃん、木村だけどさ。あ、昨日はありがとうな、試合に来てくれて。あー、それで、な?ちゃんの携帯の番号を教えてくれないかな。彼女の好きそうなCD買ったんだよ。どうかな、と思ってさ。』 「うーん、本人の許可なしに番号は教えたくないんですよ、私。木村さんはちゃんに連絡を取りたいんですよね?じゃあ、木村さんの番号をちゃんに教えて、ちゃんから連絡を取ってもらうというのはどうでしょう?」 『そうだね、ちゃんとちゃんの手間が掛かるけどその方が良いかもしれないよな。突然知らない番号から電話が掛かってきたら気持ち悪いかもしれないもんな。特に女の子は。』 「ですね。私は絶対に出ませんよ、知らない番号からのだと。それじゃあ、ちゃんに言っておきますね。あ、時間は何時ごろだと良いですか?」 『いつでもいいよ。留守電になっていたら名乗ってくれさえすればこっちから掛け直すし。』 「はーい、了解しました。伝えておきますね?」 そう言って通話を切った。 リビングに戻ると2人は沈黙していた。 話が続かなくなったんだろう。宮田君、話題を作るの苦手だからなぁ... 「ちゃん、さっき木村さんから電話があったんだけど、ちゃんに連絡取りたいんだって。ちゃんの好きそうなCD買ったとか言ってたよ。で、木村さんの携帯の番号を教えるから都合のいいときにでも掛けてあげて。留守電だったら名乗ったら折り返し電話してくれるって。たぶん今日、明日くらいはジムを休むんじゃないかな?」 宮田君は不思議そうに私とちゃんを見比べている。 「そ、そうなんだ?何度かCD借りたんだ。お花とか買いに行った時に話とかしたり。わぁ、楽しみだな。」 明らかに動揺したちゃんは聞いてもないことまで言っている。いつもは冷静沈着なだけにこんなちゃんは可愛い。宮田君は突然早口で話し出したちゃんに首を傾げている。 ちゃんは急いで帰り支度を済ませる。何本かビデオも貸してあげた。 「じゃあ、私帰るね。宮田君ごめんね、折角ちゃんと2人っきりだったのに私が長い間居座っちゃって。」 「いや。」 ちゃんに言われた宮田君は短く返事を返した。 彼女を玄関まで送っていくことにしたら宮田君も付いてきた。 ちゃんが靴を履き終わったのを確認して、 「頑張ってね。色々と。」 私は彼女の耳元で囁いた。 「な、何のことか分からないけど。でも、うん。ありがとう。」 顔を赤くして目いっぱい動揺しながらちゃんは帰って行った。 「なあ、どうしたんだ?さん、大丈夫なのか?」 「うん、大丈夫。ちゃんは素敵な子だからね。」 よく分からない彼は「ふうん」と曖昧に相槌を打っていた。 季節は夏。 しかし、私は親友の春を予感していた。 |
一郎さんが困っていると愉快な気分になる私って...
しかし、やはり壊れきっている宮田氏。
いい加減、落ち着けよ!!(笑)
桜風
06.2.11
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