残されたもの





成人式のお知らせが家に届いた。

行こうかどうしようかと悩んでいると蔵馬が「行ったら良いよ」という。

自分は全く行く気がないらしいが、それでも、一生に一度このことだから、と。

中学時代にそう大していい思い出があったわけではないが、別に中学校の同窓会に行くというわけではないので、式典に出てさっさと帰ろうと決め込んだ。


成人式の1週間前に静流から電話があった。

「成人式に出るの?」と聞かれて「出る」と答えると、では、朝8時に静流の家に来るように、とのことだった。

理由を聞いても教えてくれず、まあ、行くだけなら...と
も納得した。

「秀一は、どうする予定?」

「俺はおとなしく留守番しておく」

「ホントに行かないの?」

「俺は途中で引っ越したから。そんなに仲の良かったやつは居ないし。それに、この体では確かに20年だけど、意識としてはもっと長生きしているから。たった『20年』で祝うってのは何となくピンと来ないって言うか...」

蔵馬の言葉に
は苦笑する。

そうだろうな。

「じゃあ、留守番をよろしくお願いします」

が頭を下げると

「了解」

と苦笑しながら蔵馬は応えた。



当日、静流に言われたとおり桑原家へと向かった。

場所が分からなかったからそれは蔵馬が案内してくれた。

「おー、よく来たな」

出てきた人は桑原でも静流でもなかった。もちろん、この家に居候というか留学している雪菜でもない。

「おはようございます」と挨拶した蔵馬が「桑原君のお父さんだよ」と教えてくれた。

「おはようございます。あの静流さんは...」

も挨拶をして静流の所在を聞く。

「ああ、中にどうぞ。あれならもう起きているよ、珍しくね」

そう言って桑原の父はどこかへ出かけていった。

さん!」

嬉しそうに声をかけてきたのは雪菜だ。

「おはよう、雪菜さん」

「おはようございます、
さん。蔵馬さん」

挨拶を済ませて雪菜が
の手を引いて家の中に招き入れる。

「静流さん!」

部屋に入って雪菜が声をかける。

「おー、おはよう。よく来たね」

タバコをくわえたまま器用にそう言う。

「あの、えーと。どうして静流さんのお宅に...?」

そう言って部屋に中を見ると見事な振袖がかけてある。

「ああ、これね。
ちゃんのだよ」

「は!?」

この見事な振袖が自分の?いやいや、何でそんなものが静流の家にあるんだ?!

そこまで考えてふと浮かんだ人物がある。

「幻海..さん?」

「正解!あの人がさ、逝く前に
ちゃんにって残したものだよ。注文していたんだけど、これが出来上がるまでに亡くなってしまったでしょう?でも、うちに届くようにって作ってたみたいなんだ。手紙が入ってた。『 の成人式に』って。ま、 ちゃんが学生結婚をしなかったからこれを着る事が出来たんだけどね」

そう言って蔵馬を見ていたずらっぽく笑う。

蔵馬もそれを受けて苦笑した。

「え、えーと...あ!」

「そいうこと」

振袖は未婚の女性しか着られない。

つまり、この成人式の日までに
が結婚していたら幻海の残した振袖は着られなくなっていたのだ。

「まあ、幻海師範も悩んだみたいだけどね」

そう言いながら静流は手紙を
に渡した。

「見てもいいんですか?」

「もちろん。蔵馬君は部屋の外に出てな。
ちゃんの着付けをするから。 ちゃん、髪もいじらせてね」

静流にそういわれて蔵馬は仕方なく部屋の外に出た。

「よー、」と寝起きの格好で出てきたのは桑原だ。

「おはようございます」と蔵馬が言うと欠伸をしながら桑原は軽く手を上げて応える。

「ばあさんのだってな」

『何が』とは言わなかったが、蔵馬は頷いた。

さん、喜んでたか?」

目を細めて蔵馬は頷く。

驚きの方が大きかったようだが、今は喜びが勝っている頃だろう。泣いているかもしれない。メイクもするだろうから、静流が少し苦労するだろうな。

「まあ...婆さんの弟子は浦飯だけど、子供..孫か。孫は
さんだけだしなー。お前は行かないのか?」

平服でいる蔵馬にそう聞いた。

「ええ、正直面倒くさいと思っています」

さんは行くのにか?」

「一緒の会場なら行ってもいいんですけどね」

そう言った言葉で思い出した。

今は一緒に住んでいるが、蔵馬の実家と
の家はちょっと離れている。

そうか、会場が違うんだ。

「じゃあ、気が気じゃないな?」

いたずらっぽく笑う桑原に蔵馬は訝しげに首を傾げた。

「お前の見てないところで男が声掛けるぞ。
さんは一般的に見ても可愛いからなー。そのまま声を掛けてきた男とくっついたりして」

ニシシと笑いながら桑原が言った。蔵馬が苦い表情を浮かべると思ったのだ。

しかし、蔵馬は涼しい顔をして微笑んだ。

「俺が負けると思いますか?」

自信満々の蔵馬の表情に桑原は肩を落とす。

「お前、嫌なやつだな...」

「今の桑原君に比べたら可愛いじゃないですか」

にこりと微笑む蔵馬の笑顔が少し怖かった。



の着付けが終わった。さすがプロの美容師が着付けとメイクとヘアアレンジしただけあって、見違えるようだった。

一瞬見惚れていた蔵馬が気を取り直して会場まで送ると申し出る。

は断ったが、なぜか笑顔で押しきられた。

2人のやり取りを見ていた桑原姉弟は顔を見合わせてニッと笑う。

「蔵馬君も意外と可愛いところあるのねぇ」

ふぅ、と紫煙を吐きながら静流が言う。

「あー、まあそうだよなー。ああ見えて結構ヤキモチ焼きなんだな。婆さんも
さんに良いもん残したよな」

いたずらが成功したような気がして桑原も楽しそうに笑って2人を見送った。









桜風
09.1.1