桜の木の下で





どこからか桜の花びらが舞って来る。

足を止めて風上に目を向けた。

「あら?」

は驚いてそう呟いた。


小さな一軒家。

小さい、というと失礼だなと心の中で訂正をしてその家を見上げた。

家には桜の木があった。

同居人に聞いたことがある。桜の木は手入れが大変だから家の庭に植えるなら相応の覚悟が必要だ、と。

覚悟って何のことかと聞くと、夏には毛虫がたくさんつくし、結構繊細な木だというのだ。

確かに、どこかで聞いたことがある。

『桜折る馬鹿』と。

桜は枝を折ったらその後きちんと手入れをしなければ枯れてしまうらしい。

逆に、梅は枝を剪定しなくてはならないとか。

木にも色々あるんだな、と何となく感心しながら彼の講義を聞いた。


「ただいま」

家に帰ると既に同居人が帰宅していることに玄関の靴で気が付いた。

「おかえり。ちょっと遅かったね」

ひょい、と顔を覗かせて彼が言った。

「うん、ちょっとね」

そう言いながらブーツを脱いでスーパーで買ってきた食材をテーブルに置いた。

「今日は何を作ろうか?」

エプロンを着けながらテーブルの上の食材に手を伸ばす。

「おにぎり」

簡潔に答えた
は自室に入っていった。彼女の蔵馬は眉を寄せる。

「おにぎり?」

おにぎりを作るのにこんなに食材は要らない。

の意図としていることが理解できず、彼女が部屋から出てくるのを待つことにした。

少しして出てきた彼女は困惑している蔵馬の表情に気づいて苦笑した。

「桜、見に行こうよ」

ああ、そうか。まだ5分咲きだが、木によっては結構花をつけているものだってあるだろう。

蔵馬は納得して頷き、早速炊きたてのご飯をおにぎりにすべく、炊飯器に向かった。



「さっきの方がまだあったかかった」

白い息を吐きながら
が言う。

が帰ってきたときはまだ陽があったからね」

蔵馬はそう言って空いている手で
の手を取って自分のコートのポケットに突っ込んだ。

「秀一って普段あまり体温高いってイメージなかったのに」

が呟く。

「変温動物だから」

冗談で言ったのに「そうなんだ。妖怪って便利なんだね」と素直に信じられてちょっと落ち込みながらも訂正を入れておいた。

家の近くの公園へと足を向ける。

まだ5分咲きだというのに既に花見の宴会を開いている団体も居た。

あと1〜2週間待ったほうが桜は綺麗だろうが、彼らは桜を見るつもりはないのだろうから構わないのだろう。

たちは彼らから少し距離をとってベンチに座った。丁度桜の真下だ。

と、言っても自分たちの頭上の桜はまだ殆ど咲いていないのだが...

「綺麗だねぇ」

感心したように
は呟く。

「そうだね」

蔵馬がそう呟く。

昔見た光景を思い出す。南野秀一と一緒に育った桜の木。

今はどうなっているか分からない。

桜の木は手入れが面倒から切られたかもしれない。

それはそれで寂しいが、思い出として自分の心に残っているのだからそれで良いのだろう。

「ねえ、おにぎり食べようよ。お腹空いちゃった」

すっかり感傷モードの入っていたから不意に掛けられたその声に少しびっくりした。

「そうだね」

そう言って蔵馬は持っていた風呂敷を広げた。

風呂敷に包まれた重箱を開ける。

さすがに何重にも重ねていない、重箱の中にはおにぎりのほかに卵焼きが入っていた。

おにぎりだけでは寂しいだろうと蔵馬がさっと作ったのだ。

「わー、あったかい」

蔵馬からおにぎりを受け取った
はそう言っておにぎりを口に運んだ。

「あ、梅」

中には梅の果肉が入っている。

「あとは、昆布と鮭と..明太子だったかな?入れてるよ」

は「凄い!」と感心している。

それだけの具をそろえてさらに卵焼きを作ったのだから。

「綺麗だねぇ」

そう言ってまたおにぎりにかじりつく。

「そうだね」

先ほどと同じように返事をして蔵馬もおにぎりをひとつ手に取って食べた。

蔵馬のおにぎりの具は昆布だった。









桜風
09.3.1


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