雨音





しとしとと雨が降る中、 は窓の外をぼんやりと眺めていた。

雨音は好きだ。

こういう静かに降る雨は特に規則的で、なんとなく心臓の音のような気がして落ち着くのだ。

そして、思い出す。

数年前に出会った奇妙な彼のことを。

「元気にしてるのかな、あの子」

ポツリと呟いて苦笑した。

自分よりも遥かに年上の者を『あの子』と言っている。

だが、背格好は自分よりも年下かがんばって同じ年くらいだったのだ。

愛想がない、目つきの悪い彼を思い出して
は小さく笑った。



しとしとと雨が降る中、いつものように
は窓の外をぼんやりと眺めていた。

不意にサッと黒い影が目の前を横切ったため、
は首を傾げた。

今の
の『目の前を横切る』なんてことはまず人間業とは思えない。

なんと言っても、今
がいる自宅はマンションの11階だ。簡単に目の前を人が横切れるような場所ではない。

では、何が横切った?

カラス?

目の前を横切ったのは黒い塊だった。カラスは黒い。かなりいい線だ。

だが、違う。

目視で視認してしまった。

少なくとも、翼は生えていなかったし、自分と同じようなナリをしていた。それは人の形をしていたのだ。

そして、動体視力が良い
にはもうひとつ別のものが見えた。

「よっこらしょ」と窓辺から立ち上がり、玄関へと向かう。

ドア付近の傘立てから傘を取り出して
は玄関を後にした。


「ああ、居た」

は昔から動体視力が良く、更には好奇心も大盛だった。

おかげで、小学生のときの通知表には「落ち着きがありません」と6年間書かれ続けたのだ。

そんな彼女は大人になってもそれは変わらず、友人も呆れるくらい余計なことに首を突っ込むタイプとなってしまった。

先ほど、自分の前の前を横切った人型の黒い塊はどうやら怪我をしているようだった。

だから、気になって塊が向かった先へと散歩に出てみたのだ。

「あらら、やっぱり妖怪..みたいだねぇ」

そう呟いて
は『彼』を担いで自宅へと戻っていった。


昔から霊感の強い
には妖怪というのは世の中にありふれた存在で、友人とも敵とも思える存在だ。

つまり、人間と同じ感覚で接している生き物だ。

人間だって、自分に害をなすものもいれば助けてくれる者だっている。

妖怪もまた然り。

困っている人を助けることが多い
は同じくらい困っているっぽい妖怪も助けていた。

妖怪はそれを迷惑がったり、売る気はないが一般的に『恩』というものを仇で返すことが多いから、人を助けるときに比べて少し警戒心を強くしているが、この人間界に来ている妖怪くらいだったら
はある程度抑えられる。

だから、今回も助けてみることにしたのだ。


家に妖怪をつれて帰り、傷の手当をする。

傷のせいで熱があるようで体温が高い。

おでこに冷やしたタオルでも乗せてみようと思って、冷たい水に浸したタオルを良く絞り、いざおでこにそれを乗せようとして気がついた。

「目..って冷やしても大丈夫だよね?」

冷たい点眼薬を落とすことがってるのだから...とか思いながらも躊躇っていると拾った妖怪が目を覚まして飛び起きた。彼はあからさまに
を警戒しているた。

「おっす」と
は軽く手を上げてみる。

彼は腰に手を当ててそこに何もないことに気がつき視線を滑らせる。

「あ、刀はこの部屋に置いてないの。隣の部屋よ」

自分の武器の場所を態々口にする目の前の人間に彼は眉をひそめた。

「あたしは、
。あなたのここ、邪眼でしょ?」

そういいながら彼女は自分の額の真ん中を指差した。

「熱があるから冷たいタオルを乗せてみようと思ったらそれがあるでしょ?たぶん、気持ちいいとは思うけど、冷たくて目を覚ましたらかわいそうだと思って躊躇ってたんだけど...冷たいタオル、要る?」

自分に全く警戒していない目の前の人間に彼は困惑した。

「あたし、妖怪退治はできないけど、自分を守る術を持ってるから。ほら、昔聞いたことがあるんだけど、こっちに来ることができる妖怪ってそう大きな力を持っていないらしいじゃない?弱っちいのがこっちに来て力を蓄えているっていうのはあるみたいだけど」

たしかに、と彼は納得した。

彼女はたぶん霊感が強い。彼女の言葉のとおり自分の身くらいなら守れるのだろう。

ふっと彼が肩の力を抜いたことに気がついた
は笑った。

「冷たいタオル、要る?」

「要らん」

一言返した彼は、飛び起きたベッドにまたごろりと寝た。

彼女が自分に対して敵意を持っていないことに納得したらしい。

「ねえ、名前を教えてよ」

「飛影」

やはり短くそっけなく答えた。

だが、ちゃんと名前を教えてくれた。

は嬉しくて少し笑う。


それから数日、飛影と名乗った妖怪は
の家に滞在して傷を癒した。


ある日、
が帰ると飛影は窓際に座っていた。

「もう良いんだ?」

彼のその姿勢が何を示しているか
は正確に感じ取った。

飛影はちらりと
を見た。

「世話になったな...


ポツリと呟いて彼は窓から飛び出した。

ご近所に見られたらどうするんだ、と思ったがそれは無用の心配だ。

今日も雨が降っている。

飛影を拾ってきたときと同じようにしとしとと絶え間なく、そして静かに。

今まで飛影が座っていた窓辺に腰掛けて
は窓の外を見る。

しとしとと降る雨音がやさしく耳に響いた。









桜風
09.3.1


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