| 「ただいま」と言う声が玄関から聞こえ、「お帰り」とキッチンから顔を覗かせた
の口からは「うはは」と少し気の抜けた苦笑が漏れた。 彼も の苦笑の原因が何かと言うことは分かっている。 「そういや、高校のときもまあ..大変そうだったけどね」 「手渡しのときは断ってたから。でも、だからって下駄箱はないよね」 数年前のことを思い出して彼も苦笑して返す。 「それは?」 「事務の人たちと、あと取引先の人とかから預かったって」 蔵馬..南野秀一が勤めている会社は父親が経営している中小企業で取引先自体もそんなに多くないと以前聞いたことがる。 何より、彼は営業ではないとのことなので、彼のことを知る人は取引先には少ないと思う。 それでこれか... しかし、と は蔵馬を見た。 彼は が言いたい事を察した。 蔵馬は甘いものは嫌いではない。だが、特に好きと言うわけでもない。 が食べるときは付き合うことも多いが、好んで食べることは殆どないのだ。 「何でチョコなんだろうね」 「それは菓子業界の陰謀ってトコロでしょ」 そういいながら蔵馬は着替えるべく自室へと足を運んだ。 は夕飯を作る手を止めてこそこそと蔵馬が持って帰った、おそらく大半はチョコレートだろうと思われる袋の中を覗き込んだ。 手紙のようなものまで入っている。 『むむ...』と思った瞬間自分に対しても『むむ...』と思った。 何と心の狭い... シュンとなってまた夕飯作りを再開させる。 服を着替えて自室から出てくると がシュンとしている。 何だ?と蔵馬は首を傾げる。 「 ?」 「待ってね。今日はシチューだから」という返事があった。 うーん、そういうことではないのだが... そう思いながら蔵馬は持って帰った袋を部屋の隅に置いた。 そこなら暖房も効くことはないだろうと思ったのだ。 「開けないの?」 蔵馬に が言う。 「ん?ああ、明日母さんにもって行くつもりだし。弟も甘いもの好きだからちょうど良いし」 「...でも、お手紙入ってたよ?」 「本当?あー、それには返事が要るのかな?」 そう言いながら蔵馬はとりあえず袋をひっくり返して中身を全部出した。 の言うとおりだ。封筒が入っている。 それらを抜き出して並べた。開けるのが億劫だな、と思っていると視線を感じてそちらに顔を向けると が慌てて視線を逸らした。 少し考えて、「 」と彼女の名を呼ぶ。 「な、何?!」 どぎまぎとした様子で が返事をする。 「明日、何か予定ある?」 「特にないよ?あ、でも天気が良いらしいからお布団干して、シーツも洗濯してノリを効かせて...何?」 「それ、俺もちゃんと手伝うから付き合ってよ」 そういわれた。何に付き合うのだろう? 「何処に?」 「んー、まだ未定。でも出掛ける。買い物」 別に良いが... は良く分からず首を傾げながら斜めに頷いた。 翌日は天気予報が外れて雪が降っていた。 「布団はまた今度だね」と蔵馬が言い は悔しそうに頷いた。 そして、予定よりも少し早く家を出た。蔵馬の言うところの『買い物』だ。 「何を買うの?」 「まだ秘密」 何で秘密なのだろう... 不思議だなーと思っているとショッピングモールに着いた。 入り口にあるモール内の案内図を見て蔵馬はそのまま歩き始める。 「どこ?」 蔵馬は と歩くときはのんびり歩く。彼女の普段の歩調以上に遅い。 外を歩くときくらいしか手を繋げないから、というのが蔵馬の中の理屈らしいが、 はその理由を知らない。 のんびり歩くんだなぁと思うが指摘もしない。自分ものんびりが好きだから。 「ここ、かな?」 蔵馬が足を止めたそのブランド名を見て は数歩後ずさった。 「秀一。いや、蔵馬さんと言うべきでしょうか」 恐る恐る が声をかける。 蔵馬は振り返って「どうしたの?」と言う。 「ここ、ですか?」 「うん。此処が良い。さ、入ろう」 ちょっと待って!と は思っているのだが蔵馬はそんなこと気にしない。 こんなラフな格好で入って良いお店ですか?! 蔵馬に手を引かれて も彼に続いて店内に入る。 店員に声をかけられて蔵馬は今日、探しているものを口にした。 「へ?」と は目を丸くする。 蔵馬は『指輪』と言っていた。 「 はどのデザインが好き?」 つまりは、ペア? 「でも高いよ!」と言いかけてそれは飲んだ。店員の前でそれを言うと蔵馬にも恥をかかせる。 の考えていることは蔵馬には筒抜けで「虫除け。お互いに、ね」と指輪を買おうと思ったその理由を口にした。 昨日変なことを気にしていたことを気付かれたのかと思うととても恥ずかしい。嫉妬は醜い感情だというのに... ふと、蔵馬を見上げると彼は苦笑していた。 「俺も一緒。やっぱり、要ると思うんだよね。虫除けは」 『一緒』ということは蔵馬も嫉妬することがあるようで、 はとても意外に思って蔵馬をまじまじと見た。 居心地悪そうに一度視線を逸らして蔵馬は の耳元に顔を近づける。 「オレは、自分が手に入れたいと思ったものはどんな手を使ってでも必ず手に入れていた大盗賊、蔵馬だからな」 いつもの声音と違って聞こえて は目を丸くした。 「言っておくけど独占欲は人並み以上だよ?今更だけど、覚悟してね。と、言っても俺が囚われたのは が初めてなんだけど」 優しく微笑むその表情とは対照的な言葉に は少し面食らったが、どうにも恥ずかしい事を言われたようなことは分かり、紅くなって俯く。 「ばか」という の呟きはもちろん蔵馬の耳には届いたが、それには気付かないフリをして彼はニコニコと を見下ろしてその反応を楽しんだ。 |
桜風
10.2.1