千年前の挽回




 千年以上前、この国は人と妖が共存していた。
 共存といえば聞こえがいいが、境界線を持たず弱肉強食のルールの元、共に存在していたというのが正しい。
 妖を使役して人を守っていた者もいれば、人を食餌とする妖もいた。

 その女は前者だった。
 妖を服従させると、その界隈では有名な術師だった。
 宮仕えの陰陽師が多い中、その女は山奥の庵に一人で住んでおり、めったに人里に姿を見せない。
 女の力を借りようと、噂を頼りに貴族の従者が山に入ってもその庵にたどり着くことなく山から追い出されることがしばしばで、ゆえに女こそ妖ではないかと噂があった。
 都には盗賊がよく現れた。
 多くの場合、金品だけがなくなっているなら人間の盗賊、人の姿が消えれば妖の盗賊だと皆が噂をする。
 そして、ここ最近金品のみがなくなる物盗りが頻繁に現れていた。
 朝廷は検非違使などの配備を強化して都の安全を強化した。何せ、今回の物盗りは貴族を狙っている。しかも、上級貴族だ。これをのさばらせていては朝廷のメンツにかかわる。

「くだらない」
 町を警邏している検非違使を横目に女は呟いた。
 今回の物盗りは妖だ。人の所業のように見せかけているだけ、もしくは人間の肉が必要ない種族なのかもしれない。
 宮仕えの陰陽師は何をしているのか。もしかしたら意見を聞き入れてもらえなかっただけなのかもしれない。
 ふと、通りの向こうから人影があった。人影と言っても目深にフードを被って顔を隠している人のような存在だ。妖気が微かに漏れている。
 すれ違いざまに女はそれを見た。
 黄金色の瞳が女を捉えている。
「夜分遅くに女性の一人歩きは危険ですよ」
 思いのほか柔和な男の声で、虚を突かれた女は一瞬足を止めた。
「最近盗賊が出るらしいですからね」
 続けられた言葉に女はため息を吐いた。
「そろそろ狙う屋敷を変えた方がいいぞ。四条は検非違使と陰陽寮で固められている。流石に骨が折れるだろう」
「ご忠告感謝します」
 男は返してそのまま四条に向かっていった。



 夜分遅くに気配を感じて女は体を起こす。
「よく来たな」
 歓迎の言葉ではなく、心底迷惑そうな声音。
 月明かりを受けて障子戸に映し出されているのは、妖狐の姿だった。
「都を離れる前に、最後の仕事をしようと思ってな」
「人さらいか?」
「ああ」
「できんよ」
「それはどうかな」
「わたしはこの地が気に入っている。離れる気はない。そちらもわたしの住む世界ではないからな」
「盗賊は『奪う』ものだ。相手の意思は関係ない」
「それでは、すべてを奪ったことにならんぞ? 随分と半端な仕事をするんだな?」
「なに、手元に置いてからすべてを奪ってもいいだろう。時間はある」
「無理だな」
 言い切られて妖狐はむっとした様子を見せた。
 問答をしに来たのではない、と障子戸に手を掛けようとして弾かれた。
「言ったろう? 諦めろ」
「半妖のお前には、人の世に居場所などないだろう」
「妖の世にもない。気を遣ってくれるな」
 揶揄いのような言葉を返されて妖狐は苛立ちを覚えた。
「お前も来い」
「やだね。そもそも、確かに人の世には私の居場所はない。だが、この庵にたどり着けるのはそれこそ私の許しを得た者だけだ」
「では、俺は許されたのか?」
「まさか、腹立たしいが招かれざる客だ。侵入者だ。早々におかえり願いたい」
 言葉を重ねようとしたが妖狐は舌打ちをする。
 そろそろ戻らねばならない。
「お前は妖狐蔵馬が盗り損なった唯一のものだ。誇ってもいいぞ」
「これからそれが増えるだろうに、最初にひとつ目というだけで胸を張る気はない」


◇◆


「て、覚えていますか?」
 同級生の南野秀一が『いい笑顔』で聞いてきた。
 何度も転生を繰り返し、今は『人間』と呼べる存在のは高校で『南野秀一』という人物に出会った。
 しかし、彼にはどうしてか既視感があった。
 千年前の人生の時に少しだけ言葉を交わした妖怪を彷彿とさせた。
 雰囲気は全く違うし、どうしてそれを思い出したのか自分で理解できなかった。
 同じクラスになってひと月たち、休みの日に偶然街中で出会った。
 せっかくだからお茶でも、と入った喫茶店で千年前の話をされた。正直、わたしが全盛の記憶持ちだという確信をいつ持ったのか、そちらが気になって仕方ない。
「えーと……」
「俺は、妖狐蔵馬なんだ。南野秀一という人間の魂に融合してしまっているから、南野秀一でも間違いではない」
「んー?」
「まあ、というわけで。お前を盗むことにした。これであの時の盗り損ないはチャラだ」
「ルパンか」
 思わずツッコミを入れてしまう。こちらが記憶を持っていなかったら本気で単なる危ない人物だ。いや、今の時点で危ない人物であることには変わりないが。
 ちらと南野秀一に視線を向けるとにこりと微笑む。その瞳は黄金色ではないが、その奥の鋭さは確かにあの妖狐のものを彷彿とさせた。
「あー、お手柔らかに」
 適当で、しかし彼女の本心の一言に彼は目を細め「本気で行く」と宣言した。









桜風
19.05.01