| 桜の花弁が舞い散る風景を見るたびに私は思い出す。 優しく微笑む彼の顔を。出会いを... 彼と初めて出会ったのは、病院の中。 私が検査で病棟内をウロウロ歩いていたら、外の桜が見事に咲き誇っていた。 風に踊る桜の花弁がとても気持ち良さそうで眺めていたら 「きれいですね」 と、突然声を掛けられて声の主を見ると、凄く優しい目をして桜の木を眺めている少年がいた。 「ですね」 私も同じ気持ちなので同意する。 「お見舞いですか?」 彼に聞いてみると 「ええ、母が入院してるんです」 と礼儀正しく言葉を返してくれる。 「あなたは?」 「私はお見舞いされる方、ですかね?誰も来ないけど」 そう言って笑うと彼は少し悲しそうな顔をした。 「ああ、いいんです。慣れてます。いい加減入院が長いから、お見舞いなんて面倒くさいんですよ。私も、あんまりしょっちゅう人が来るのって好きじゃないし」 そう言うと、 「じゃあ、俺がお見舞いに行ったら、ご迷惑ですか?」 そんなことを言われた。 あまりにも唐突で、 「は?」 と今の状況把握に努めるべく、時間稼ぎしていると 「一緒に桜を見ませんか?」 そう言われた。 あ、お花見ね? 同情とかされちゃったのだったら、取り敢えずお断りしようと思ったんだけど、縁側の茶飲み仲間って感じならオッケーです。 「ええ、いいですよ」 そう答えると彼が微笑む。 きれいな顔立ちの子で、名前は南野秀一と言うらしい。因みに高校1年生。思いっきり年下だよ。 でも、私よりも落ち着いてる気もするけど... その翌日、私の病室のドアがノックされる。 「はい」 と返事をすると静かにドアが開いて、入ってきたのは秀一くん。 「早速来ましたよ、 さん」 そう言う。 「じゃあ、ちょっと庭に出てお花見しますか?」 そう言って私は上着を羽織る。 昨日のうちに婦長さんにお願いしておいた。 上着を羽織って、30分くらいなら良いと医師の許可も下りているので少し安心。 看護師詰め所に声を掛けて庭に出た。 「やっぱ外の風は気持ちいいね」 「 さんは外に出たらいけないんですか?」 少し不安そうにそう言う秀一くんが可愛いなって思う。 「ううん。出ない方が望ましいって所かな?まあ、今日は秀一くんが一緒だし。何かあってもそこらへんの看護師さんや先生に助けを求めてくれるでしょう」 そう言うと、 「そうならないように気をつけてくださいね。体調が悪くなったらちゃんと言ってくださいよ。負ぶってあげますから。あ、女の子の憧れのお姫様抱っこでも大丈夫ですよ。俺、こう見えて結構力ありますから。好きな方を選んでくださいね、 さん」 と本気なのか冗談なのか分からない言葉を口にする。 意外と砕けたところもあるんだ? 何をするでもなくボーっと桜を見上げていた。 「桜ってさ、散る姿が綺麗だよね」 そう言うと 「咲きそうな蕾も可愛らしいと思いますよ」 と彼の見解を述べる。 桜談義に盛り上がっているとピピッと電子音が邪魔をする。 「時間ですね」 秀一くんが態々自分の時計のタイマーをセットしてくれていたらしい。 「じゃあ、帰りますか」 病室に戻る。 「じゃあ、ね。また遊びに来て」 そう言うと 「明日も来るかもしれませんけど、大丈夫ですか?」 と聞いてきた。 「うーん、時間に依るかな?明日は検査の日だから此処に居ないかも」 そう言うと 「じゃあ、一応来てみて さんが居なかったら大人しく帰ります」 と言って笑う。 「ごめんね、はっきりしたことが分からなくて」 そう言うと「いいですよ」と彼は笑顔でそう言って部屋から出て行った。 それから何回か私と秀一くんは庭に出て桜を愛でるだけの茶飲み友達としての友情を深めていった。 が、それはいつまでも続くはずもなく、お別れの日が決まった。 私が転院することになったのだ。 いつもどおりに優しい音でドアがノックされる。 「どうぞ」 と言うと、秀一くんは何やら持っている。 「こんにちは。さっき、雑貨屋で見つけたんですけど。もし良かったら」 と言ってそれを私に差し出す。 「あ、ありがとう...」 普通の茶飲み友達にもらい物をしてしまった。 「開けてみてください」 といわれるままに包みを解いて箱を開けると、マグカップだった。 「 さん、桜が好きみたいだから」 そう言って微笑む。 彼がくれたのは桜の花弁が風で舞っている、そんなデザインの施されたそれだった。 「綺麗ね...」 「そろそろ桜の季節が終わるから。これなら年中花見ができますよ」 と言って笑う。 そう、桜の季節が終わってしまう。 「ねえ、秀一くん」 「はい?」 「私ね、転院が決まったの。外国へ行くんだ」 私の告白に、秀一くんの瞳が揺れた。 「だから、桜の季節が終わる頃、私も居なくなるの。ありがとう、秀一くん。貴方が来てくれてたから凄く楽しかった」 そう言うと、彼は少し、目を伏せた。 睫毛、長いなーと思いながら見惚れていると彼は顔を上げて 「必ず、元気になって日本に戻ってきてくださいね。また、一緒に桜の花を眺めましょう」 そう言ってくれた。 「ありがとう」 あれから2年経った。 お陰で私は元気になって日本に帰ることが出来た。 それも、桜の季節に。 昔入院していた病院に向かう。 2年前と変わらずその桜は美しく、けれども、何だか寂しさが込み上げてきた。 私がこの桜の木の下に居るときには、必ず隣には... 「きれいですね」 不意に声を掛けられた。 振り返ると、秀一くんが微笑んで立っている。 夢かもしれない。桜の花に酔ったのかも... 「毎年、桜の季節に来てたんですよ、俺。 さんが来てないかなって」 そう言いながら、彼が私の隣に立つ。 呆然として見上げていると 「桜は、一人で見ると意外と寂しくなるものですね。特に、此処の桜は さんがいないと」 そう言って私を見て微笑む。 「もう、30分で戻らないといけないとかなくなったんでしょう?」 「うん」 「じゃあ、ずっと一緒に居てもいいんですね」 サァ、と風が吹く。 桜吹雪の中、彼が私の耳元で囁く。 「好きです、 さん」 桜の花弁の舞う中、優しく微笑む彼の姿がとても幻想的で私はワケもなく泣きたくなった。 |