Kiss you





魔界には数多くの盗賊団がある。

妖狐蔵馬の率いる盗賊団は結構有名どころだ。そして、そのライバルと勝手に囁かれている盗賊団がある。最近台頭してきた新しい盗賊団だ。

魔界で生き抜くには力こそがその全てだ。力無き者は強きものに阿るか、虐げられるか、はたまた息を潜めて静かに死んだように生きるかしかない。

だから、突然名を上げてきたその新興勢力は魔界の中ではかなりの話題となっていた。

盗賊団の頭は『』という。女妖怪だとか。

蔵馬の率いている盗賊団の中には女妖怪もいる。だが、彼女達はそう力が強いわけではない。蔵馬という強い妖怪の名前を傘にきて生きている、一種の寄生虫のようなものだと蔵馬は思っていた。

それもまたひとつの生き方だから、否定はしないが。


「あらあら」

ある日、蔵馬が狙った宝の前に女がいた。

髪はつややかな黒で腰まであり、肌は白い。美人と形容するに値する容姿だったが、ただ、眼光が鋭く意志の強さが感じられた。

「大先輩と遭遇しちゃった」

歌うように彼女が言った。

そこで初めて彼女が『』だと蔵馬も気づいた。

、か?」

「あら〜?あたしのことご存知ですか、大先輩の蔵馬サン?光栄ですねー」

挑発するようなその視線と声音。

蔵馬が率いてきた部下達はその挑発に乗るかの如く殺気立った。それを制したのは勿論蔵馬で、部下達は少し不満げだった。

本人はかなりの妖気を抑えているが、少なくとも連れてきた部下が束になっても敵うことはないだろうと踏んだ。

無能が死んでいくのは特に構わない。それが魔界の掟だ。

だが、こうも一度に死なれると少々都合が悪い。何より、妖狐蔵馬の盗賊団が一人で相手にして痛手を負わされたなどという噂を立てられたら舐められてしまう。それは不本意だ。

そんな蔵馬の心境を読んだのか、は片目を瞑った。

「そういう慎重なところは見習いたいものだわ」

そう言って投げキッスをして颯爽とその場を去っていった。

そんなをみすみす見逃したことに部下達は納得いかなかったらしく、砦に帰ってから彼らは蔵馬に抗議をした。

しかし、そう抗議をした者たちの一部は蔵馬の側近である黒鵺が顔色ひとつ変えずに殺した。

「この盗賊団では誰が頭だ?」

冷え冷えとした声で黒鵺が問い、抗議をしていた部下達は息を飲んだ。

「それくらいにしておけ」

蔵馬が言い、黒鵺はちらと蔵馬を見て武器を仕舞った。


「何故見逃した?」

部下達の抗議を聞いていた黒鵺は蔵馬がを逃したことを知った。邪魔する者は部下だろうと何だろうと始末する。それが、妖狐蔵馬だ。

「面白そうだから、だ」

「なんだ、気まぐれか」

納得して黒鵺は苦笑した。全く、自分たちの頭は気まぐれで困ったもんだ...


それから蔵馬の盗賊団とは何度か顔を合わせることとなった。

たまに後手に回ることもあったが、大抵は蔵馬たちの狙っていた宝を先に手にしている。

しかし、ここまで出し抜かれたらこれはもう自分の沽券に関わる。

ライバルと言われる存在が今までいなかった。いや、勝手にそう嘯いていた盗賊団はいたが、そんなところは別のところにあっさりと潰されていた。

今のところ、本当のライバルはのところだけだった。

ふと、蔵馬は思った。

自分たちは今まで何度もに会ったことがある。しかし、彼女の仲間に会ったことはない。

もしかして、『盗賊団』ではないのかもしれない。独りで盗賊をしているだけの、女妖怪なのかもしれない。

だが、彼女の名前は大きくなりすぎた。もうちょっと名が売れる前だったら仲間に誘えたのだが...


またしてもは蔵馬よりも先に宝を手にした。

「しまった!」

勘が良いなと蔵馬は此処でも感心した。

だが、もう遅い。

蔵馬たちはを捕まえた。今回はそのためにこの宝のことを噂として流して、を誘い出した。

「今すぐここで血祭りに!」

部下が息巻いてそういった。

「砦に連れて帰る」

蔵馬が一言そう言い、部下達は不承不承に彼女を乱暴に扱いながら砦に連れて帰った。

「どうするんだ?」

黒鵺に問われて「さあ?」と蔵馬は答えた。

そして、を捕らえている牢へと向かう。

「元気か?」

「お陰さまで擦り傷はたくさん出来たけど。見てよ、珠のお肌が台無し」

縛られたままのは器用に肩を竦めた。

「何故、独りで盗賊団と嘯いた?」

「あら、バレてたの?」

首を傾げて彼女は悪びれずに言った。

「『盗賊団』って名乗った覚えはないんだけど。親にね、捨てられたの。で。探しに来いというメッセージ..かな?」

「魔界にはそんな境遇のヤツなんてゴロゴロ居るだろう?」

「居るね、掃いて捨てるほど。でも、ちょっとムカついたから。あいつらのお陰で色々と苦労したし。せっかくだから『捨ててしまってごめんなさーい』って泣いてひれ伏すその姿が見たかったの。まあ、妖狐蔵馬が近所に居たからその名前も利用させてもらったわ。でも、ここまでよねー」

「そうだな」

「逃がしてくれないの?同情して」

「して欲しかったのか?だったら、利用した相手が悪かったな」

「そうね」とは笑った。

「明日、処刑する。血気盛んでやかましいんだ」

「良いじゃない、若いときはそれくらいじゃないと」

笑って言うに少し疑念が生じたが、蔵馬はそのまま自室に戻った。


翌日、蔵馬の砦での公開処刑が行われた。

縄で幾重にも縛られたは背筋を伸ばして処刑場とされた広場の中央に立った。

「あら、前時代的な火あぶり?」

からかうように傍に居た蔵馬の部下に声をかける。

「うるさい、黙れ!」

そう言って彼は彼女を殴った。少なくとも、そのつもりだった。

だが、彼が殴ったのは一緒にを率いてきた仲間だった。

その場が騒然とした。

「またしても名を上げることができたかしら?」

その声が聞こえたのは砦の最も高いところからだった。蔵馬は苦笑した。完璧に出し抜かれた。

飛行できる者や、飛び道具を武器としている部下達が躍起になって彼女を倒そうとした。

だが、彼女はそれらをひらりとかわして砦の上からひょいと飛び降りる。

落下の途中に蔵馬の居る部屋の前に差し掛かったときには、余裕そうに笑って投げキッスをしてきた。

ストン、と地面に着地してそのままさっと姿が消えた。

「追うか?」

「いや、ムリだろう」

蔵馬の言葉に黒鵺は肩を竦めた。何を楽しそうにしているんだ、と少し文句が言いたいが、きっと彼女が自分を利用して出し抜いたことが楽しかったのだろう。

いきり立つ部下を宥めるため、黒鵺は広場に足を向けた。

たぶん、また会うだろうな...

そんなことを思いながら蔵馬は誰も居ないところに投げキッスを返してみた。









桜風
10.5.1