| 「よし、蔵馬。結婚しよう」 「バカか。何故この俺が貴様のようなヘボ妖怪と夫婦にならなければならん」 プロポーズした瞬間、振られただが、それは全く気にしないらしい。 「バカはどっちだ。同じように優秀なのを交配しても、劣性遺伝というものがある。両方が優秀で出来たものが劣性だってみろ。ガッカリ感は半端ないぞ?」 「俺は、今既に貴様の頭の中身のガッカリっぷりに哀れみすら覚えている」 「お!この魔界に悪名を轟かせている妖狐蔵馬が哀れむ相手なんてあたしくらいだ。結婚しよう」 「とりあえず黙れ」 人間界には『夫婦漫才』というものがあるらしい。 蔵馬とのこの会話を聞いていた部下の何人かはそのことを思い浮かべていた。 周囲が全くハラハラしないのは、似たような会話がここ数ヶ月にわたり週1回程度の頻度で行われているからだ。 もう良いから結婚でも何でもしてくれ... この、あまりにもどうでもいい会話、言い換えれば夫婦漫才のお陰で士気が下がって仕方ない。 妖狐蔵馬率いる盗賊団の参謀を務めている黒鵺は盛大な溜息を吐いた。 がこの盗賊団に来たのは半年くらい前のことだった。 彼女は笑ってしまうくらい弱かったが、その反面感心するくらいの強運の持ち主だった。 だから、この魔界のこの階層で生きているのだろう。 そして、何をどう思ってこの盗賊団に転がり込んできたのか、未だに目的が不明だった。 蔵馬の命を狙うにしても弱すぎる。 かといって、間諜にしては、嘘が苦手だ。 本当に、『運』だけで生きてきたといっても過言ではない。 今でも何故この盗賊団に居座り続けられているのかが不明である。 最初は黒鵺も警戒していたが、段々バカらしくなってきた。 「おい、蔵馬」 黒鵺が声をかける。 面倒くさそうに蔵馬は振り返った。何を言われるのかを察しているのだろう。 そして、蔵馬が察していることが分かっている上で彼は言う。 「気が抜ける会話は奥でやれ」 こんな、下っ端もいる中でふざけた会話をしていては、蔵馬に対する部下達の士気が確実に落ちる。 彼を崇拝している部下もいるが、彼らの中に、自分のそんな気持ちに疑問を抱くものが出てきたと言う噂も耳にしている。 ある日、黒鵺の忠告どおり、奥でと気の抜ける会話をしていた。 ふと、殺気が近付いてくる。 ぴたりと蔵馬が会話を止めた。気配を探る。 「来た...」 確かに蔵馬の耳にその声が届いた。 蔵馬が振り返ると同時に彼は吹っ飛んでいた。 「ああ、本当に残念だ。あたしはね、蔵馬。冗談抜きで、お前が好きだったんだよ」 そう言ってその場から消えた。 否。消えたように見えたが、彼女は駆けて移動したのだ。 蔵馬がヘボ妖怪だと思っていた、運だけでこの魔界を生き抜いてきたと思っていた彼女はとてつもなく力を持つ妖怪だったのだ。 「蔵馬!」 物音が聞こえて黒鵺が駆けてきた。 男女の契りの最中だったらその場で回れ右をすれば良いが、蔵馬の身に何かあったのなら助けなければならない。何より、先ほどこのアジト付近に感じた殺気が気になって仕方ない。 今は、それは遠くに去ったようだが、その理由も分からないのだ。 「黒鵺、を追うぞ!遠ざかっていった殺気を追えば、たぶん追いつく」 口の端を切って血がにじんでいる蔵馬がそう言ってアジトを飛び出した。 「と何かあったのか」 「ああ、どうやら俺は振られたらしい」 真顔で蔵馬が言う。 「はあ?!」 これまで盛大に彼女を振っていたのは蔵馬だ。 それが何を言っているのか... しかし、蔵馬は嘘は吐くが冗談は言わない。 殺気を追っていく途中での姿を見つけた。 「黒鵺、を」 そう言って蔵馬は殺気を追う。 「追うな、蔵馬!」 はそう言って、咽ながら血を吐いた。 とりあえず、頭領の命令に従い、黒鵺はの介抱をする。 「、お前は何者だ」 「蔵馬の隠れ大ファンだよ。蔵馬には言うなよ」 「全く隠れていないぞ...」 呆れたように黒鵺が言うと「そうか、ぬかったな」とは口角を上げた。 が目を明けると、見慣れた天井だった。 「何だ、生きてるのか」 呟いたの傍らに居た蔵馬が彼女の顔を覗きこむ。 「、貴様は何者だ」 「黒鵺にも言ったんだが、お前の隠れ大ファンだ」 「全く隠れていないぞ」 「ははっ。黒鵺にも言われたぞ、それ」 の声に覇気がない。それはそうだ。内臓がいくつかやられている。 今は蔵馬が薬草を調合して治している最中で、まだ完治には程遠い。 「お前が追っていったアレは何だ」 「あたしと同じでお前の隠れ大ファンだ。所謂ライバルってヤツだな」 正直に言う気はないらしい。 「...そうか」と溜息混じりに蔵馬は返して、「」と彼女の名を呼ぶ。 気だるげに彼女は蔵馬に顔を向けた。 「ヘボ妖怪ではなかったんだな」 「残念ながらな。ヘボ妖怪の方がお好みだったろう?」 からかうようにが言う。 「簡単に吹っ飛ばされるとは思わなかった」 心からの屈辱。 「安心しろ。あたしは夜這いはしない主義だ。淑女として、最低限の恥じらいは持っている」 「そもそもお前に『淑女』という単語は似合わないがな」 蔵馬が返すとは喉の奥で笑った。 「まあ、せいぜい俺が夜這いに行く日を布団の中で心待ちにしておけ」 蔵馬が言う。 「そうか。では、毎日ワクワクしながら布団の中でお待ちしよう。茶菓子も用意しておけば良いか?」 「...あいつらは、どう転んでも気の抜ける会話になるのか」 の部屋の外で見張りを買っている黒鵺は心底呆れながら呟いた。 |
桜風
12.5.10
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