誕生日(前編)






学校を卒業して、本当に自由な時間しかない期間が生まれる。合格発表はまだである だが、今日は蔵馬が遊びに来ると以前言っていた日だ。

午後に行くと言われていたため、午前中に雛人形を出したり、掃除をしたりで時間を過ごした。

昼過ぎになって蔵馬から『あと30分くらいしたら着く』という電話が入る。


ガチャガチャと鍵を開ける音がして、蔵馬がやってきた。

「いらっしゃい」

丁度のタイミングを見計らって作っていたコーヒーを蔵馬のマグカップに注いで持って来る。

「どうぞ」

「ありがとう」

しかし、今日の蔵馬は何だか凄く嬉しそうだ。

「どうしたの?何か良いことでもあった?」

聞くと蔵馬は財布からカードを取り出す。

「さっき取ってきた」

受け取った
はそれを見て蔵馬を見上げる。

運転免許証だった。

「え、今日?凄いじゃん!」

「うん。これで車で遠出もできるよ」

蔵馬の言葉に「そうだね」と返事をしながら眺めていた運転免許証の数字に驚く。

「ちょ!南野くん。今日、誕生日なの!?」

「ああ。うん」

「そんな、あっさり...私、何も用意してないよ。言ってくれたら何か用意できてたのに...」

よっぽど悔しいのか、何だか最後は涙声だったような気がする...

「何か欲しいとか、そういうの無いから」

物欲は、最近は無い。というか、昔から欲しいものは自分で手に入れるっていうのが信条であったため、他人に期待することは無いのだ。

それでも、
は膨れたままだ。

。俺ね、欲しいものは無いけど、お願いはあるんだよ」

蔵馬の言葉に
が顔を向ける。まだ少し恨めしそうな目をしている。

「ねえ。
って一人で暮らしてたから仕方ないと思うんだけど、あまり我がままを言わないよね」

「そうかな?」

身に覚えの無い評価だったりする。

「だから、今日は我がままを言って?」

「はい?」

「俺、
に甘えられたいんだよ」

さあ、甘えるといい、なんて言われても戸惑ってしまう。当たり前だ。

どうして良いか分からず、
の目はせわしなく動く。

さすがに急すぎたか、と思った蔵馬は

「じゃあ、夕飯は何が食べたい?外ででも良いし、此処で俺が作っても良いし」

と選択範囲を狭める。

しかし、これはわがままに当たるのだろうか?

というか、たぶん間違っている。

こういうときこそ、自分が愛しい彼に愛情手料理を作ってあげようと腕を揮うのではないだろうか?

蔵馬を見上げれば、蔵馬は期待に満ちた瞳で
を見つめている。

どうしよう...

簡単な料理を言っても、納得してくれないだろうし。かと言って、外に食べに行っても、気になって美味しく食べれるかどうか疑問だ。

首を巡らせば、先ほど出した雛人形が目に入る。

「あ。わかった!」

「何?」

「ちらし寿司!」

「ちらし寿司が食べたいんだね?」

「を、一緒に作ってください」

「え...?」

あれ?何か違う...

蔵馬は自分が作ってあげる気満々だったのに...

「ね、これわがままだよね?」

に嬉しそうにそう言われれば頷くしかない蔵馬。

「オッケー。じゃあ、買い物に出よう!今日は豪華なちらし寿司にしようね!」

は自室に戻ってジャケットを取ってきた。

「ほら、南野くん。早く行こう」

「ああ」と短く返事をして鞄から財布を取り出し、
が待っている玄関へ向かった。


スーパーへ行けば、雛あられや金平糖が陳列してある。

はなんで、ちらし寿司がいいの?」

「え、ひな祭りといえばちらし寿司じゃないの!?」

そういうものなのかなと、思いながらスーパーを回るとちらし寿司の素も大々的に売り出されているのであながち間違いではないらしい。

にはひな祭りの夕食にポリシーのようなものがあるらしく、ちらし寿司と蛤のお吸い物は欠かせないと言う。

「ねえ。ケーキも買って帰ろう」

レジで並んでいるときに
が嬉しそうに言う。

「ケーキ?ホールで?」

からかうように蔵馬が言うと、真剣に眉間に皺を寄せて
が悩み、悩んだ挙句

「うん、ホールで」

と答えた。

帰り道にケーキ屋があるのでそこに寄って帰ろうと話すと

「先に帰ってて」

と言われてしまった...

1人寂しくトボトボと帰る蔵馬を尻目に、
は店に入った。

ひな祭りでもケーキ屋さんは参戦するらしく、『ひな祭りケーキ』なんてものもあったが、
はそんなものを求めていない。

ショーケースを睨みながら考えた挙句、チョコレートケーキを選んだ。

「誕生日なんですけど」

と店員に言えば、チョコのプレートにメッセージを書いてくれると言う。

お願いします、と言いかけてやめた。代わりにまっさらなチョコのプレートを貰い、チョコペンシルを購入して帰った。

家に帰れば、つまらなさそうにテレビを見ている蔵馬の後姿に多少なりとも心が痛む。折角の誕生日なのに申し訳ない。

「ただいま」

「お帰り。ねえ、ビデオは?」

隠していて正解だった。自分の幼い頃、両親が撮ったそれは他人に見られたら非常に恥かしい。

「封印しました」

の返答に蔵馬は詰まらなさそうに「ふーん」と呟いた。

「ご飯、作る?」

時間は早いが、
は自分でちらし寿司の具を作るつもりだ。

「作ったことあるの?」

「ううん、初めて」

の答えに絶句した蔵馬の表情を見て、慌てて

「大丈夫、本。本があるから!」

手にしている本をパンパンと叩く。

それを受け取って蔵馬は一通り作り方を頭に入れた後、腕まくりをした。

「じゃあ、作ろうか」

この一言から先の主導権は蔵馬に移る。

全て自分で作り、
には手伝い程度しかさせなかった。

あら、デジャヴ?

とか何とか
が思っているうちに形が出来上がってしまったのである。

「何か、前もさ。ご飯作るって私が言って、結局南野くんが殆どと言うか全部作ったことあったよね」

食事をしながら
が笑う。

「ああ、初めて此処に来たときね。あの時の
は...」

途中まで言って口を噤む。危ない、この先を言ったら
は拗ねてしまいそうだ...

「何で途中で止めるの?最後まで言ってよ」

何を思っているのか容易に想像できる。どうせ料理が苦手ですよ。

「美味しいね、これ」

「それ、自分が作ったんじゃん」

無理に話を逸らして失敗。けど、目の前の
は笑っていた。


蔵馬の誕生日〜。
免許もやっと取れました。
と言っても、それがどれだけ活躍できるか...
甚だ疑問です(笑)


桜風
07.3.3


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