赤い傘





蔵馬が仕事を終えて電車に乗って帰路に着く。

ふと、窓の外を眺めると窓に斜線が入っていた。

よく見るとそれは雨粒で。

蔵馬は鞄を開けてみて舌打ちした。

そういえば、今日会社で折り畳み傘を一度鞄から出した。そのときに仕舞い忘れたのだろう。

この時期の空はコロコロと変わりやすい。

晴れ間なんていつの間にか厚い雲に覆われて今のように雨が降ってくる。


最寄り駅に着いたときには本格的に雨が降り始めていた。

駅に隣接するコンビニに寄ってみたが、生憎と傘が売り切れという状態だ。

今の時期に売り切れとは、と呆れつつも店を後にした。

さて、どうしよう...?

仕方ない、走って帰るか。

そう思っていたらとても鮮やかな赤い傘が目に入った。


「やっぱり薔薇には赤だよね」

笑いながら彼女がそう言って選んだ傘も赤だった。



2人で出かけたとき、
が傘のコーナーで足を止めた。

「どうしたの?」

「新しい傘がほしいなーって思って」

が何かを欲しがるなんて珍しいなと思いつつ

「じゃあ、俺が買ってあげるよ」

蔵馬が言った。

はうーんと唸った後

「いいの?」

と遠慮がちに聞く。

以前蔵馬は
は甘えないと言っていた。甘えて欲しい、と。

最近は時々その言葉が浮かび、『甘えるって意外と難しい...』といつも思っている。

今回のこの厚意に応えるのは『甘える』と言えるのだろうか?

しかし、目の前の蔵馬はにこりと微笑んで

「もちろん」

と頷く。

傘が掛けてあるスペースの前で
は何本か手にとって広げたりして吟味していた。

そのうち1本を手にとってさっきまでのものよりも長くそれを見ている。

はこれが気に入ったの?」

蔵馬が声を掛けると

「やっぱり薔薇には赤だよね」

そう言って笑った。

確かに、赤が良く似合う。

「じゃあ、それでいいの?」

「うん。これがいい」

は自分の手にした傘を蔵馬に渡し、それを持って蔵馬はレジへと向かった。



何となく、あの赤い傘を見て数日前のことを思い出しているとその赤い傘の持ち主は自分に向かって駆けてくる。

「秀一!」

それは
で、左手は自分がさしている傘の柄を持ち、そして左手には蔵馬愛用の深緑色の傘を持っていた。

「あれ、
...?」

「雨降っちゃったね。家に傘があったから持ってきてみた」

そう言いながら自分が持ってきた蔵馬の傘を差し出す。

それを受けとりながら蔵馬は呆然と

「今日、バイトって言ってなかった?」

「うん。でも、変わってほしいって頼まれたから、今日はバイトなくなったの」

「そっか」

傘を広げながら蔵馬は相槌を打つ。


「今日の夕飯、チャーハンにしたよ」

「それは楽しみだ」

にそう答えた後、

「傘忘れて良かったよ」

蔵馬が呟いた。

「んー?」

「何でもないよ」

「そう?」

上機嫌にクルリと赤い傘がまわる。

心地良いリズムで雨音が響く道をゆっくりゆっくり赤い傘と深緑色の傘が並んで揺れる。


傘を忘れて、駅まで奥さん(じゃないけど)が持ってきてくれるって何だか平和の象徴な気がする。
家庭の中も、世の中も。


桜風
07.6.12


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