| ふとした瞬間に目に入ったカレンダーを見て、蔵馬は呟いた。 「まずい...」 この俺としたことが! と思って慌ててジャケットを掴んで家の階段を下りる。 「あら、お出かけ?」 「うん。ちょっと出てくる」 母に声を掛けられて簡潔に答え、蔵馬は外へ出た。 すっかり忘れていた。 今月はホワイトデーがある。 先日は自分の誕生日を祝ってくれ、その前は受験生だというのにチョコまで作ってくれた に何のお返しも用意していなかった。 電車に乗れば中吊りに『ホワイトデーに彼女がほしいアイテム』などと書いてある雑誌の広告がずらりとあった。 「何が、ほしいんだ?」 眉間に皺を寄せて呟いた。 は蔵馬同様物欲が無い。アレが欲しい、コレが欲しいと言ってるのを聞いたためしがない。 別に会話のない2人と言うわけではないが、そういう話にならないのだ。 それは、蔵馬がホワイトデーを忘れていたことも原因のひとつで。 蔵馬が覚えてさえ居れば、ゆっくりと誘導尋問にかけるコトだって可能だった。 俺としたことが... もう一度だけ自分の迂闊さを恨んだ。 街に出てショーウィンドウを見てもしっくりくるものがない。 定番といえばアクセサリーかもしれないが、ジャラジャラつけている を想像してみて、折角素材がいいのに勿体ないと思ってしまい、却下した。 それに、そういうものの好みも聞いたことがない。 はあ、と溜息を吐いて家に帰った。 結局何も思いつかなかった。 「ねえ、 。ほしいものある?」 思い切って本人に聞くことにした。夕食を済ませて に電話をする。 『ないよ』 間髪入れずに が答えた。 「...言うと思った」 肩を落として に言葉を返す。 『何?』 「ううん、何でもない」 その後、普通に会話を楽しんで通話を切って蔵馬は携帯をベッドに投げて自分も倒れこむ。 「どうしよう...」 一晩中、 の喜びそうなことを考えていたが、結局思いつかない。 は些細なことで喜んだりするから、逆に特別に、ということが非常に難しい。 欲にまみれた人も如何なものかと思うが、欲が無さ過ぎる人も中々これで手ごわいというコトを痛感した。 「 ってさ。何処か行きたいところある?」 「うーん...」 の家に遊びに行った蔵馬が懲りずに聞いた。 これに対しては も即答で『ない』とは言わなかった。 「ほら。俺が車の免許取ったから遠くまで行けるし」 「でも、お墓参りに行くって...」 「うん、それも行く。他には?せっかくの休みなんだしさ」 蔵馬がそう言うとうーん、と言いながら腕組みをする。 つけっぱなしだったテレビの情報番組でプラネタリウムが紹介されている。 は思わずそれを見入っていた。 その様子を見た蔵馬は胸を撫で下ろす。 決まった... 結局 は行きたいところが思いつかなかったようで首を横に振った。 「で、さ」 「んー?」 「 は13日空いてる?」 13...?といいながらは手帳を開いて 「ああ、うん。空いてる。まだ大学の説明会までまだ時間があるから」 と答えた。 「じゃあ、その日。夕方迎えに来るから。んー、バイクかな?あったかくしててね」 唐突にそういわれて はきょとんとして、曖昧に頷いた。 「突然だね」 「うん、今決めたから」 蔵馬は微笑んで目の前のコーヒーを口にした。 約束どおり、蔵馬は夕方迎えに行った。 家を出る前に に電話をしていたため、マンションの入り口に立っていた。 にヘルメットを渡して蔵馬はバイクに跨る。 もすぐに後ろに乗って蔵馬の背中にしがみつく。 「何処行くの?」 ヘルメット越しにくぐもった声で が聞く。 「ナイショ」 そう言いながらアクセルを回して少しだけスピードを上げた。 走っていると街灯が減ってきて段々田舎へ向かっているのが分かる。 「この道でいいの?」 不安になって が聞くと「大丈夫」と蔵馬の声が返ってきた。 途中で何回か休憩を挟んで、その間に蔵馬は地図で道を確認していた。 自分じゃあるまいし、蔵馬がこうやって何回も地図を見ているのだから間違いないだろう。 途中で寄ったコンビニで缶コーヒーを飲みながら は納得した。 「あとどれくらい?」 「んー、もう少し。今日中には着くよ。寒くない?」 「大丈夫。ねえ、今更だけど、南野くんのお家の人は心配してない?」 そんな子供じゃあるまいし... 「...言って出てきたから大丈夫だよ」 そう思いながら蔵馬は笑顔で応えた。 蔵馬の言ったとおり、日付が変わる前に目的地に着いた。 だだっ広い何も無い野原のようなところにバイクを停めた。 「着いたよ」 と声を掛けられて はバイクを降りる。 ヘルメットを脱いで「うわぁ...」と歓声を上げる 「どう?天然プラネタリウム」 そう言って蔵馬が微笑む。 「凄い!星が降ってきそう!!」 天に向かって手を伸ばす を蔵馬は目を細めて見守った。 「ねえ、何で分かったの?」 振り返って が言う。 ああ、灯りがないから の表情が見えない。これは勿体無かったな... そう思いながら蔵馬は微笑んで 「愛だよ」 そう言ってみると は俯いた。 ホント、表情が見えないのが勿体ないなぁ... 「これは、なかなか...おっきい愛だね」 顔を上げた がそう言って微笑む。 星明りだけで良かった。いくら蔵馬が妖怪だってこれだけの明かりでは自分の表情は見えないだろう。 が飽きるまでその場に留まり、2人は座って空を見上げていた。 「ねえ、南野くん」 自分の腕の中に居る が空を見上げたまま呼ぶ。 「ん?」 「蔵馬さんの育ったところもこんな星空が見えるの?」 に聞かれて記憶を辿る。 のんびり星空を眺めるのなんて人間界に来てからだ。そもそも、見上げて楽しい気持ちになるような世界じゃない。 「ううん。たぶん、違うな。ずっと空は重かったと思う」 「そっか...」と は呟いて蔵馬に体重を預けて空を見上げる。 「蔵馬さん」 唐突にそう呼ばれた。初めてだ。 「何?」 「蔵馬さんの育った場所に行ってみたいです」 の言葉に蔵馬が驚く。 「ダメ、ですか...?」 返事が無いため、 は振り返って蔵馬を見上げた。 「いいけど、楽しくないと思うよ。いい景色とかないし」 「いいの。見てみたい。来年のホワイトデーでいいから」 がそう言った。 蔵馬は苦笑いを浮かべる。今日は何のために此処に連れてきたのかバレていたらしい... 「いいよ、そんなに待たなくて。夏休み。今はもう少しで も忙しくなるだろう?だから、夏休み、行ってみようか」 の顔を覗き込んで答えた。 「うん...」 柔らかく微笑んだ はそのまま暫く星空を眺め続けた。 |
ホワイトデーの存在を忘れていたのは、何を隠そう、私です(隠してない)
因みに慌ててヒロインの好きそうなものを考えて中々思い浮かばずに悩んだのも私です。
でも、蔵馬みたいに一晩中悩むことはありませんでしたけど...
桜風
07.3.14
ブラウザバックでお戻りください