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蔵馬が凄い勢いで教室を飛び出したという噂はその日のうちに広まった。
あの、冷静沈着な南野秀一を取り乱させたのがあの薔薇姫だというコトも噂の広まる速さに拍車を掛ける。
翌日、学校に行くと何だかやたらと視線を感じる。
「
さん、おはよう」
クラスで見たことがある人が声を掛けてきた。
「おは、よう?」
恐る恐る返事をすると彼女は微笑んで先に進んでいった。
最近挨拶をしてくる子が増えてきた。
そのたびに戸惑いを覚えるが、何だか嬉しくも感じる。
「おはよう、
」
振り返ると蔵馬の姿があった。
「おはよう、南野くん」
蔵馬は
に合わせて歩く速度を緩める。
「
のクラスって英語の担任誰だっけ?」
「まさやん」
生徒の間でのあだ名を口にする。
「今日、授業ある?ノート貸して?」
「いいけど...どうしたの?」
軽く目を瞠る。蔵馬のことは、忘れ物とは縁遠い存在のように思っていた。
「さっき家を出て10分くらいしてノートを忘れたことに気がついたんだ。取りに戻ったら間に合わないからとりあえず来たんだけど」
「まさやん忘れ物にうるさいもんね」
小さく笑う。怒り方が特徴的だけど、ちょっとしつこくて面倒くさそうだ。
「そういうこと。
のクラス何時間目?」
「1時間目。だから、それが終わったら持って行こうか?」
「良いよ。俺から借りに行く。ウチは6時間目だから。助かったよ」
そう言って蔵馬が笑う。
それにつられて
も笑った。
その日の学校の噂は薔薇姫の笑顔についてだった。目撃した人全員が同じことをいう。
「薔薇姫と南野は付き合っている」
これは蔵馬の耳にも届いたが、否定することでもないと思い、放っておいた。
これで、
に寄り付く悪い虫が減るなら良いことだ。
5時間目と6時間目の間の休憩時間。蔵馬はE組を訪ねた。
クラスの入り口から中の様子を覗くと、
は何か本を読んでいた。
女子の1人が
に声を掛け、それに応じて顔を上げる。
指差された入り口に蔵馬の姿を見つけて机の中から1冊のノートを取り出す。
声を掛けてくれたクラスメイトに何か一言声を掛け、入り口にやってきた。
「はい。ノートだけで良いんだよね?」
「うん、助かる。放課後返しに来るよ」
「はーい」
その返事を聞いて蔵馬は教室に戻った。
チャイムが鳴るギリギリに教室に戻った蔵馬は席に着き、ノートを広げる。
几帳面な字で書き込みの多い
のノート。
彼女の性格が垣間見える。
しかし、所々落書きもあり、自然と笑みが零れる。
のノートを読み直しているといつの間にか授業が終わっていた。
放課後になって
の教室に行くと、
の周りに数人のクラスメイトが居た。
中に居る
も微笑んでいる。少し前まで人の輪に入るのを畏れていたのに。
その変化を喜べないってことは、俺も余裕が無いってことだな...
そう思いながら小さく笑う。そして、ひとつ呼吸をして、「
」と声を掛けた。
蔵馬の姿に気付いたクラスメイトは
に声を掛けて教室から出て行った。
「良かったのか?」
自分が来たせいでクラスメイトが帰っていってしまったようなので確認すると、
も分からないと答える。
ふぅん、と適当に相槌を打って手に持っていたノートを
に渡した。
「ああ、そうだ」
そう言って鞄を開ける。いつ渡そうかと悩んでいたものを取り出した。
「これ、あげるよ」
そう言って渡す。良く分からないが、受け取った
はそれをまじまじと見つめて蔵馬を見上げる。
「何、これ?」
「あけてごらん」
さっき渡したノートを預かって、封を開けるように促す。
それは、薔薇の細工が施してある携帯ストラップだった。
「もし良かったらつけてみて」
そう言われた
は慌てて自分の席においている鞄から携帯を取り出してそれをつける。
「えへへ」と嬉しそうに笑いながらそれを眺める
に蔵馬はほっとした。
既にストラップが着いていたらつけてもらうのは忍びないと、少しだけ思っていたのだ。
「あれ?それって、俺のと同じメーカー?」
良く考えてみると、
の携帯を見たのは今日が初めてだ。何となく自分の携帯とデザインが似ている。
「うん。静流さんがその方が良いだろうって。わかんなかったら南野くんに聞けば済むしって」
そうか、と言いながら思い出す。そういえば、最近新機種が出ていたな、と。
「今度俺もそれに変えようかな」
「ホント!?お揃いになるね」
そう言って
が笑った。
「一緒に行く?」
何となく口から出た言葉に蔵馬自身も驚く。が、それ以上に
「うん、行きたい」
という
の答えに驚いた。
「
、本当に変わったな」
感慨深くそういう蔵馬に
は膨れる。どうやら子供扱いをされたと勘違いをしたらしい。
その誤解を解くのに、蔵馬は苦労をしたという。
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