| 南野秀一は、かつて“妖狐蔵馬”と呼ばれた大妖怪の魂と融合した人間である。 妖狐蔵馬が一時しのぎに入った人間の胎児の中。 その胎児はやがて産まれ、母を持ち、彼女と生活をしていくうちに“人間らしさ”というものが生まれた。 妖怪であり、人間でもある。 その両方に属し、どちらでもないともいえる存在であるが故、彼は友人が少ない。 否、友人と分類できる知り合いはそこそこいるが、どこか一線を引いている。 一部の友人を除いて。 そんな彼は、高校を卒業すると父の事業の手伝いを始めた。 この“南野秀一”の父親は彼が幼いころに亡くなり、そして母親は彼が高校1年の時に再婚した。 その再婚相手が会社を経営しており、彼は進学せずに就職を選んだのだった。 在校中は、成績が優秀だったため、彼が進学しないと決めたことに対して教師が何とか説得を試みたが、他人の言葉、しかもそれは自分の教師としての成績、又学校としての実績のために掛けられた言葉であったため、彼は頷かなかった。 父の会社を手伝い始めて、秀一は営業を任された。 任されたといっても、先輩について歩いているだけで、自分一人で仕事を取ってくることはまだできない。 出来るが、そんなに早く頭角を現せばそれはそれで摩擦になりかねず、居心地の悪い思いをすることになる。 秀一自身はそういうのは気にしないが、“社長の息子”という立場がある以上、父に迷惑をかけかねないと思っているのだ。 それに、今のところ困っているわけではないので、甘んじて“新人”の立場を取っている。 ある日、取引先から紹介された新しい企業を訪問した。 比較的再起人に建てられたビルのテナントに入っている会社だ。 受付に声をかけると案内される。外装、内装ともに清潔感があり、好印象を受けた。 担当も話術に優れており、秀一を伴ってその企業を訪れた営業はすっかり気に入ったようだった。 何より、社長が態々対応をしてくれたのだ。 「失礼します」 そう言って入ってきたのは年のころは、秀一と同じくらいの女性で、お茶を持ってきていた。 眼鏡を掛けており、少しとっつきにくそうな、どこか周囲を拒絶している雰囲気を持っていた。 「ああ、悪いね」 そう言って彼女を労った社長は話を続ける。 「どうぞ」 そう言って茶を出した彼女の声音に違和感を感じた秀一はふと顔を上げて彼女を見る。 「何か?」 眼鏡越しに彼女の目と視線が交差した。 「あ、いえ」 慌てて茶に手を伸ばす。 「それでは、失礼します」 ドアの手前で頭を下げて彼女が部屋を出て行った。 「どうしたんだい、南野君」 秀一を伴っていた営業がニヤニヤと笑う。 「え?」 彼の言いたいことはわかるがとぼけてみた。 「見とれていたじゃないか」 「あ、ああ。いえ...」 歯切れ悪く答えると相手の社長が苦笑し、 「彼女はアルバイトなんですよ。今は大学生らしくて、冬休み期間中だけ、こちらで働いてもらっています」 と軽く彼女の情報を口にした。 「そうですか。高校の時のクラスメイトに似ていたので、ちょっと驚いて」 と秀一が言うと、 「どこの学校ですか?」 と問われ、 「盟王学園です」 と答える。 「進学校じゃないですか!大学進学されなかったんですか?!」 相手の営業が声を上げた。 「ええ、まあ。弊社の事業に興味がありましたから」 “父の会社”と言えばこれまた苗字が違うことに対して詮索が入るだろう。 父と再婚して母の苗字は変わったが、秀一は“南野”のままでいる。 苗字が変わると色々と面倒くさいのがこの国の慣例なのだ。 これに対して誰も疑問を口にしなかったし、口も出さなかったのでこのままにした。 「そうでしたか。しかし、彼女の出身校は違ったと思いますよ」 「そうですか。勘違いだったみたいですね」 愛想笑いを浮かべて秀一はこの話を終わらせる。 その後暫く世間話をして、その日は席を立った。 応接室から出るとこちらの様子を窺っているような視線の女性を目にする。 先ほどの、お茶を運んできた人だ。 (何かありそうだな) どことなくきな臭さを感じつつ、秀一は先輩と共に会社を後にした。 |
桜風
14.9.18
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