| 少し息抜きをしたいから付き合え、と言われて向かったのは居酒屋だった。 「いつも悪いな、蔵馬」 「構いませんよ」 苦笑して秀一は答えた。 目の前の友人は秀一の事を“蔵馬”と呼ぶ。それは妖怪の時の名前だが、妖怪として彼と共に戦っていた経緯を考えれば自然と言えば自然なのだが、秀一の知り合いの前でまで“蔵馬”と呼ばれると困る。 あだ名だと誤魔化した時もあったが、あだ名というのは名前の何かをもじったりすることが多い。 ひとつも掠っていないのに“あだ名”という苦しい言い訳はできればしたくない。 未成年だから、とジンジャエールを頼んでいる目の前の友人は大学受験を控えている。 秀一はたまに勉強を見てやっていた。彼の教えを乞う姿勢がまっすぐでこちらも応えなければと思ってしまう。 凄いな、と感心する。 目標にしている学校も彼の成績では中々難しいところで。おそらく、彼は根っからの挑戦者なのだろう。 しかし、悪運が強い彼はおそらく、なんだかんだで合格するのではないかと秀一は思っている。勿論、彼の努力の上の保険の悪運ということになるが... 周囲を見渡せば、人間に紛れて妖怪もいる。 以前、ひょんなことから魔界と人間界を隔たっていた結界を解かれた。 霊界の長が交代したため、規制緩和が行われたと言ったところなのだろう。 その一連の動きの中には色々と思うところがあり、きっと彼も苦渋の選択だったのだろうと推測する。 霊界の長、昔はコエンマと名乗っていた彼は名実ともに閻魔大王になったはずなのだが、いまだに馴染みの者たちには“コエンマ”と呼ばれている。 食事を終えて会計を済ませてしまおうと秀一は席を立った。 友人は自分も出すと言ったが、「今回はご馳走させてください」とやんわり断り、レジに向かう。 先に会計を済ませた方が帰るときに待たせなくて済むと思ったのだ。 会計を済ませている間、何気なく店内を見渡すとつい最近見たことのある女の子を目にした。 女の子というべきか、女性というべきか。 会社の取引先で見た、バイトの彼女だ。眼鏡を掛けていないが、間違いない。 あの時の彼女の纏った雰囲気、視線に違和感を覚えていた秀一は、ちょっとだけ妖気を漏らしてみた。 いつもは抑えている。人間界で人間に溶け込んで生活するのに必要なスキルだ。 ざわりと空気が動いたが、彼女は反応しなかった。 反応したのはおそらく、妖怪や霊感の強い人間だろう。 「お客様、御釣りです」 レジを担当している店員が声をかけてきた。 「あ、はい」 小銭を受け取って秀一は先ほどまで座っていた席に戻った。 「おい、蔵馬。さっき、どうしたんだよ」 友人が険しい表情で問う。 何かあったのかと心配したようだ。 「いえ、すみません。何でもありません」 その言葉に多少の引っ掛かりはあるものの、彼は頷き 「何かあったら声かけろよ」 と言ってくれた。 昼間会社でバイトをして、夜は居酒屋でバイトをする。 苦学生なのかと思ったが、何となくそれは違うと思った。 妖怪で、人間界に溶け込めずに苦労しているのなら、相談先を紹介することもできるがそうでもないようで。 それから数日後。 再び会社を訪れた。 前回は挨拶のみだったが、今回は商談を持って行った。 今回も社長が担当等共に対応をしている。 会社の方針ということなのだろうかと思ったが、少し違和感を感じた。 単なる勘だが、秀一の、蔵馬のそれは鋭い方だ。 警戒するに越したことはないと思った。 事務室に神経を向けると彼女が動いたようだ。 暫くしてドアがノックされて入ってきたのは彼女だった。 ゆっくりと皆の前に湯呑を置いていく。 「失礼します」 と言って出て行った後も暫く扉の前に気配がある。 何かを探っているのは確かなことで、その対象は自分たちかそれとも... (確かめたほうがいいな) 社長に感じるきな臭さともしかしたら繋がるかもしれない。 そう思った秀一は、仕方ないと小さくため息を吐いた。 |
桜風
14.9.25
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