| 探し物は人間界にあると耳にして飛影は魔界から人間界へと向かった。 ある町で移動中、女と目が合った。 彼女は窓際に座って何の感情も浮かべておらず、ただタバコを咥えて煙を燻らせていた。 屋根の上を跳ねていた飛影にも驚いた表情は見せなかった。 ただ、彼女の口元が少し緩んだように見えた。 飛影は彼女の目が気になった。 だから、翌日もそのボロいアパートの傍まで行った。 すると、昨日と同じ部屋の窓際に彼女が座っていた。やはり口には火のついたタバコがある。 彼女は飛影と目が合うと口角を上げた。今度は、笑った。 「ねえ」とタバコを咥えたまま器用に彼女は声をかけてくる。 飛影は慌ててその場を去った。 一度気になると、それはずっと続くもので。飛影はアレから何度も彼女の部屋の前に立った。 そして、声を掛けられたらその場を去る。そんなことを繰り返していた。 ある日、彼女の部屋の前に立つと彼女の姿がなかった。 気になって、部屋の転落防止という名目で設置されているのだろう、手すりの上に立って部屋の中を覗く。窓は開いているのだ。 ぬっと手が出てきて飛影の足首を掴んだ。 「つかまーえた!」 一瞬その手を切り落とそうかと腰に佩いている刀に手を伸ばしたが、彼女の声にその手は止まる。 「ね、おなか空かない?」 彼女が飛影を見上げてそう言った。 飛影は不機嫌に目を眇める。軽く彼女をにらみつけた。 「あ、空いてる?丁度良かった。作りすぎたのよ」 飛影が睨んでも全く気にせず彼女は台所スペースに向かっていった。 「あ。靴は脱いでね」 仕方なく飛影が部屋の中に入ろうとしたらそう言われ、飛影も大人しく靴を脱いだ。 冷蔵庫からどんぶりを取り出して電子レンジに入れてボタンを押す。 「そこ座ってて」と彼女が言うため、座卓の前に適当に座った。 暫くして彼女は先ほど電子レンジに掛けて温めたチャーハンの入ったどんぶりを持って戻ってくる。 「スープはインスタントだから。お湯沸くの待ってね」 そう言って飛影の前にどん、とそれを置き、レンゲと箸を持ってきた。 「好きな方、使って」 彼女に言われるままに飛影はレンゲを取ってそれを口に運んだ。 「ど?おいし?」 彼女が聞いたときに丁度ケトルが鳴り響き彼女は慌ててコンロへと走っていった。 すぐに彼女は戻ってきた。 右手には椀を、左手にはグラスを持っている。 飛影の前に椀を置いて彼女は湯気の立つグラスを口元に運んだ。 アルコールの匂いがする。おそらく、焼酎の湯割のようだ。 飛影がじっと見ていると彼女は「ん?」と視線を向け、「あ、」と呟く。 「匂い、嫌いだった?」 慌てて彼女は窓際に行く。窓を開けた。 「寒い?」と彼女に聞かれて「別に」と応えた。 「じゃあ、開けておくよ」と彼女は言い、そのままグラスを傾けていた。 全て食べ終わり、飛影は立ち上がる。 「お?早いねぇ」と感想を述べている彼女を無視して窓際に座っているその体を跨ぎ、置いている靴を履いた。 「ね、名前。教えてくれる?」 彼女が言う。飛影は彼女を一瞥した。 「ああ、ごめん。先に名前を名乗らないと失礼だね。あたしは、 。で、君の名前は?」 飛影は短く「飛影」と名乗って窓枠を蹴った。 残された は「ふーん」と少し満足げに声を出していた。 それから、飛影は何日かごとに の部屋に行くようになった。 彼女は飛影がふらりと来ても笑って招いてくれる。 飛影にとってそんな場所は今までなくて、とても新鮮で、心地よかった。 いつも夕食があまっているわけではない。飛影が来る日がわかっていたら最初から多めに作っただろうが、本当に気まぐれに彼はやって来る。 だから、飛影が来てから調理をしたこともあった。 彼女は人が食事をしているときはタバコを吸わない。 意外と気を遣うことが出来るんだな、と飛影は何となく感心していた。 飛影が彼女の部屋に通うようになって1ヶ月が経った頃。 彼女の姿を見なくなった。 部屋の中を覗いても、彼女の姿はない。 気になったが、何も出来ることのない飛影は暫く彼女の部屋を訪れるのをやめた。 久しぶりに近くまで来たらあの部屋に電気がついていた。 窓際には人影があり、薄い煙が空を目指している。 飛影は彼女の部屋の前に立った。 「久しぶり」 タバコを咥えたまま彼女は笑顔で飛影に声を掛けた。 飛影はいつもどおり、何も言わずに彼女の部屋に入った。 「ごめんね、何もないんだ。けど、ピザでも頼もうか」 彼女はそう言って笑う。 「何だ、これは...」 飛影は思わず呟いた。 部屋には何もなかった。 “何も”と言うのは少し言いすぎかもしれない。 花が一輪コップに挿してあった。白い小さな花。 は携帯でどこかに電話をして電源を切る。 「30分くらい待てるでしょ?」 彼女の言葉に飛影は頷いた。 「飛影、探しものは見つかった?」 の言葉に飛影は驚く。自分が何でこちらに居るのかなんて話したことはない。 「びっくりした?...あなたの目が、ね。何となく、そんな気がしたんだ」 薄く微笑みながら は呟いた。 「貴様は、妖怪か?」 妖気は感じないが、それを隠しているのかと思った。 しかし、彼女は首を振る。 「人間のクセに俺に驚かなかったな」 彼女はそれにも「違う」と首を振った。 飛影の眉間に皺が寄る。からかっているのか、と。 「妖怪でもないし、人間でもない。同時に、妖怪だけど人間でもある」 その言葉に飛影も納得した。彼女は人間と妖怪のハーフだ。多くもないが、無い事例でもない。 「父が人間、母が妖怪。お互い、自分の種族の事を知っていた。それでも、結婚して子供をもうけた。人間の父は、この間あっけなく死んだの。そして、母もどこかに消えたわ。全く、残される者の身にもなれっての」 部屋の隅に視線を向けていた彼女はそう言い終わった後、「ね?」と飛影に顔を向けた。 それからあまり話さない2人は届いたピザを無言で食べた。 食事が済んだら用事も済んだといわんばかりに飛影は立ち上がる。 「出て行くのか?」 何もない部屋を見て言った。 「うん。明日、この町から居なくなる。だから、今日飛影が来てくれてよかった。お別れが言えるもの。ありがとう、遊びに来てくれて。あなたの探し物、きっと見つかるよ」 そう言って彼女はグラスに挿している花を抜いて飛影の髪に挿す。 飛影は眉間に皺を寄せて不快そうな表情を浮かべたが彼女の手を払おうとはしなかった。 「元気でね。それはスノードロップ。希望、よ」 彼女の言葉が合図のように、飛影は背を向ける。 窓枠に足を掛けて動きが止まった。 「 のチャーハン。あれが一番美味かった」 そう呟いて窓枠を蹴って跳んでいった。 「ありがと」 彼女は呟き、これから火をつけるタバコを口に運んだ。 それから暫くして飛影の“探しもの”は見つかった。 そして、何だか分からないが仲間と呼べる存在まで出来てしまった。 ただ、時々 のことを思い出す。 探しものは見つかった、そう言いたいのかもしれない。別の何かが言いたいのかもしれない。 分からないけど、また会いたいと思っていた。 そんな中、突然幽助に呼び出された。 飛影に何故か拒否権はなく、はるばる魔界から人間界へとやってきた。 「久しぶりですね」と蔵馬が声をかけてくる。桑原も一緒のようだ。 よく分からないまま幽助の後をついて歩く。 ふと、視界の端に見たことのある人物が映り、顔を向けるとやはり彼女だった。 「 !」 飛影の声が聞こえて振り返った。 あれから数年。とても懐かしい。それより、彼が自分を覚えていたことが嬉しかった。 「ひさしぶり、元気そうね。...探しものは、見つかったみたいね」 そう言った に飛影は慌てて振り返って何やら興味津々でいる幽助たちを目にして 「あ、あれは違うぞ!」 と訂正した。 は笑う。 「でも、見つかったことは見つかったんでしょ?」 の言葉に飛影は頷いた。 「よかった。じゃあ、お祝い。ついでに、バレンタインおめでとー」 そう言って彼女は抱えている花束の中から1本花を抜き出して飛影の髪に挿す。 「いいのか?」と飛影が言い、 は自分の抱えている花束を見つめ肩を竦めた。 「常連さんだから、今度作るときにサービスすることにする」 そう言って、「今、花屋の店員なんだ」と付け加えた。 「じゃあね」と軽く手を振って彼女はあっさりと居なくなった。 「知り合い、ですか?」 蔵馬が傍によってきて声をかけてくる。 「ああ、」と短く応えた飛影は挿された花をそっと抜き取った。 「スイートピー、ですね。たしか、花言葉は“門出”とか何とか...」 飛影の口角が僅かに上がる。 「おい。バレンタイン、って何だ?」 そういえば、彼女が何やらそんな事を言っていた。 「ああ、そういえば今日はバレンタインですね。日本のバレンタインは、女性が男性にチョコを送るとかそういう風習です。欧米になると男女問わず花を送ったり、カードを送ったりするみたいですが...」 蔵馬の解説を聞いて が消えた方角を見た。 もう、彼女の姿はない。 「来月、ホワイトデーというものがあります。これは飽くまで日本の風習ですけど。バレンタインのお返しをする日です」 蔵馬の言葉に「そうか」と飛影は呟いた。 これは、お返しをしなければならない。何となくそう思った。また会える、とも。 「ホワイトデーは3月14日です。相談、受け付けますよ」 そう悪戯っぽく笑う蔵馬に飛影は鼻を鳴らす。 遠くから蔵馬と飛影の名前を呼ぶ声がした。幽助たちが待ちきれなくて先を歩いており「遅いぞー!」と叫んでいる。 「行きましょう」と蔵馬が促し、飛影も足を進めた。 もう一度振り返る。 「またな」 見えなくなった に向かって口の中でそう呟いた。 |