コイビトカッコカリ 13





 待ち合わせはランドの前で、九時というこれまた気合の入った時間に集合となっていた。
 昨晩、一緒に行こうと黄瀬くんに誘われたが、断った。
 一緒に行くことは吝かではないが、現地で待ち合わせというのも良いと思ったのだ。
 思ったのだが、失敗したかもしれない。
 ディズニーは久しぶり過ぎて、昨晩ネットで色々とサーチしていて寝坊した。遅刻は免れる程度の寝坊だが、予定していたとおりにはいかなかった。荷物を準備しておいてよかったと昨晩の私を褒めてやりたい。
 待ち合わせ場所には、黄瀬くんと田中さんがいた。都成がまだ来ていないらしく、それはそれで黄瀬くんが気を使うと思って駆けていくと途中腕を引かれる。驚いて振り返ると「一人にしないでよ」と都成がいた。
「いや、あそこに居なさいよ」
「気まずいでしょ」
「黄瀬くんがもっと気まずいよ」
「彼なら大丈夫」
「どの口が言ってんの!」
 都成の頬を引っ張って言い、彼女を置いて再度駆けだした。
「お待たせしました」というと「時間前だよ」と黄瀬くんが言い、「都成さんと一緒じゃないの?」と田中さんに聞かれる。
「あそこです」とバラすと、都成はさも「今来ましたけど」という顔をして近づいてきた。
「おはようございます」と挨拶をして私に視線を向けた。
「いや、早い」
 思わず声に出る。助けを求めるのが早すぎる。
 ゲートが開き、人がランドの中に吸い込まれていった。
「じ、じゃあ、行きましょう」と都成が言い、田中さんが続いて黄瀬くんが不思議そうに振り返ってきたため、「行こう」と促した。
 園内に入ったらもう別行動にしよう。

 園内に入って「じゃあ、どこから行きたい?」と都成が言ってきたため、「じゃ! 私はこっちに行きたいから。お昼ごろまた合流ね!」と言って黄瀬くんの手を引いて少し足早にその場を去った。
「で、これ何?」と足早の私に対してさほど急いだ様子のない黄瀬くんが聞いてくる。足の長さの違いだ。
「あー、えっと。ダブルデートがしたいという話はしたよね?」
「うん。けど、田中さん知らなかったよ?」
 マジか……。
「詳細を省いてもいい?」
「俺がわかるように説明してね」
 どうしてこうなったかの詳細の経緯は省いて黄瀬くんに説明する。田中さんから告白された都成は、相手のことがわからないから知るために遊園地デートを思いついた。しかし、独りでは心細いため、ダブルデートという形を取りたかった。つまり、我々は巻き込まれたのだと。
「まあ、巻き込まれたのはわかってたけど。ダブルデートなら一緒に居なくていいの?」
「いたらあの子ずっと頼ってきて私と一緒に遊んでるだけになるから。たまに合流するくらいが良いかと思ったの。ごめんね、せっかくのお休みに」
「いや、とデートできるなら巻き込まれでも別に構わないよ」
 にこりと笑って黄瀬くんが言う。
「あー……ありがとう」
はどこに行きたい? あ、でも暗いのは避けた方が良いよね」
 黄瀬くんの言葉に驚いた。先日、黄瀬くんと沢山おしゃべりした日にうっかり話すのを忘れていた苦手な事がひとつあった。『暗いところ』だ。
 映画は画面に集中できるし、上映までは灯りが完全に落ちていないから平気なのだけれど、ずっと暗い演出が続くアトラクションは確かに苦手だ。
「たぶん、大丈夫だけど。それ、言ってなかったよね?」
「うん。一昨日、街灯が切れてるから道が暗かったでしょ? その時、何か苦手そうな気がしたから。女の子は大抵夜道は苦手かもしれないけど、何となく。映画は平気だった?」
「映画は、大丈夫。ごめんね、お話するの忘れてた」
「いいよ。俺もに言えてないこと沢山あるし。思い出した時、言えそうだったら教えて。夜は電気点けて寝てるの?」
「オレンジを点けてる。黄瀬くんも話せるようになったら話してね」
 そういうと彼は少し困ったように笑った。
 それから黄瀬くんと手を繋いでプラプラと園の中を歩いて、待機列に並んだり、ベンチに腰かけてジュースを飲んだりとのんびりと過ごした。
 お昼には少し早いけど、待ち合わせの時間などを決めた方が良いだろうとバッグからスマートフォンを取り出してみると都成からたくさんのメッセージが送られて来ていた。田中さんの目を盗んでか堂々とかはわからないが、彼女は何ひとつ楽しめていないようだ。
「すごいね」
 隣に立つ黄瀬くんがメッセージ受信のお知らせが目に入ったらしく、思わず零した。
「すごいよねぇ」
 私を詰る言葉が多く見られたため、もうちょっと放っておこう。
 しかし、と周囲を見渡す。正直、快適だ。
「なに?」
「昔、ディズニーの中では有名人も霞んでしまうっていうのを聞いたことがあったんだけど、本当だなって思って」
 いまだに一緒に歩いていると彼にスマートフォンを向ける人がある。私に対して申し訳なさそうにする黄瀬くんに少しだけ同情してしまうのだ。しかし、ここではそれがない。
「俺も、ちょっとだけそれは思った。前に来たの随分前であまり覚えていなかったけど」
 みんなこれだけ無関心になってくれたらいいのに。
 園内を歩いていると「あ!」と声がして見てみると都成がいた。
「おや、奇遇」
 ちゃんと田中さんも一緒で一安心した。
「どこをほっつき歩いてたの」
「そこらへん。都成は?」
「ビッグサンダー・マウンテンと、スプラッシュ・マウンテンと、スペース・マウンテン」
 いや、移動距離。というか、思いのほか満喫していたのねぇと感心してしまう。その合間を縫ってのあのメッセージの数もすごい。
「アタシのメッセージ既読無視ってひどくない?」
「あの大量のメッセージをまとめて見たので、返事をするのが面倒くさくなった」
「合流できたから良かったものの……。まあ、いいや。ご飯どうする?」
「私と都成はアレルギーはなくて、黄瀬くんもないよね?」
「ないよ」と彼が頷く。
「田中さんは?」
「同じく」
 ならばどこに行っても大丈夫だ。いっそのこと近場で済ませてしまえと都成に提案したが、彼女は行きたいお店があるらしく、予約している。
「どこ?」
「ちょっと歩く」
 合流前の移動距離を考えると都成の「ちょっと」はたぶんちょっとじゃない。
 都成が私の腕をつかんで離さないため、都成と私、その後ろから黄瀬くんと田中さんがついてくるという形になる。
「これで目的達成できるつもりですか、都成さん」
「ちょっと一息つかせてよ」
 溜息をひとつ吐き、「で?」と聞いてみる。
「めちゃくちゃいい人だった。今のところは」
「じゃあ、付き合っちゃいなよ。というか、あれだけお待たせして、今日デートして、やっぱごめんなさいできる?」
「無理かも……」
「まあ、私たちも来年度は異動の可能性が高いし、付き合ってみて今日の印象と全然違ったら別れたらいいじゃない。同じ部署でなければ気まずさ半減」
「アタシ、技術職へのコンバートされる気配を察知してるんだけど。そうしたら、同じチームになる可能性がまあまああるんだけど」
「そういう説もある」
「そういう説しかないでしょー」
 頭を抱える都成を興味深く見る。結構直感派だと思っていたけど、色々考えることがあるんだ。
「おーい、二人とも」と黄瀬くんの声がして足を止める。
「ここじゃないの?」と田中さんと黄瀬くんが立ち止まっていたのが、都成が行きたいと言っていたレストランだ。
「そこだった」
 都成に手を引かれて足早に少し戻った。
 都成たちは只管アトラクションを楽しんだのに対して、私たちは休憩して何かしらを口にしたりしている。さほどお腹は空いていない。私はパフェを、黄瀬くんも軽く済ませるものを選んだ。
 食事をしながら話をして思ったのだけれど、田中さんは基本的にはちゃんとした大人だけど、たまに調子に乗って痛い目を見るタイプのような気がしてきた。話をしていた不愉快になることがないのだ。しかし、一方で、黄瀬くんや都成から聞いたあの話もある。人間だなぁと思った。
 午後からは四人で遊びたいという都成の強い要望で、仕方なくそうすることにした。午前中にある程度親交を深めたようだし。
「じゃあ、スプラッシュ・マウンテンに行こうか!」
 レストランを出て早速都成が言う。
「食べた直後で良く言えるな?」と私が言い「俺はちょっと無理だぞ」と田中さんも言う。
「黄瀬さんは?」と都成が言うと「俺は乗れないと思う」という。
「体調悪い?」
「じゃなくて、身長制限で引っかかると思う」
「ああー」と納得の声が三つ重なった。
「じゃあ、ビッグサンダーならオッケーだよね?」
「乗れるけど、ちょっと腹ごなししてからにしません?」
 黄瀬くんの提案に「仕方ないなぁ」と都成が言う。
 それから少し大人しめのアトラクションで遊び、メインディッシュと言わんばかりのビッグサンダー・マウンテンに移動する。
「あ、」と都成が声を漏らす。視線を辿ると女性がいた。
「お、美人」と私が漏らすと「黄瀬さんの元カノ」と都成が声を落として言う。
 はー、なるほど。前職で流した浮名のひとつというわけか。黄瀬くんを見ると不思議そうに視線を返してきた。彼は気づいていないようだ。
 何時に解散するのだろうかと思っていると、しっかり日が暮れてパレードまで満喫した。
 午後は基本的に都成に捕まっていたため、黄瀬くんは田中さんと一緒に歩いていた。あちらはあちらで親交を深めることができたのかもしれない。
「楽しかった!」とやり切った表情で都成は言い、ランドを出て解散となった。
 解散と言いつつ電車に乗るのだからもうちょっと一緒かと思ったが、「じゃあ」と黄瀬くんが都成たちに挨拶をして私の腕を引いた。
 向かったのは駐車場で、「車で来たんだ」と言う。
「渋滞かも」
「ここら辺はだいたいそうだよ」と何度も来たことがあるような口ぶりで返されてチクリと胸が痛んだ。
 イヤだなぁと自己嫌悪に陥る。
? 眠い? 眠かったら寝ていいよ。着いたら起こすから」
「ううん、眠くはない。あのさ、えっと……。黄瀬くんちに行きたい」
「いいよ。明日来る?」
「これから、は、だめ?」
 じっとこちらを窺う黄瀬くんの視線に耐えきれずに、「ほら、えっと。こないだ教えてもらった高二の時の試合の映像を見たいというか……」と言い訳を取ってつけると「いいけどね」と彼はため息とともに了承した。
「もう少し一緒に居たかった」と素直に言えればよかったのだけれど、残念ながらそのような仕様になっていない。
 黄瀬くんのいうとおり、渋滞で車が中々進まず、たぶん、倍くらいの時間がかかって黄瀬くんのマンションの近くまでたどり着いた。
「あ、ちょっとコンビに寄るね。うち何もないから」
 入口から少し離れた駐車スペースに車を停めて、「も何かいる?」と彼が聞いてきた。
 要る、んだろうなと思って私も車を降りてコンビニに向かう。
「一緒に精算するよ」といわれて「お構いなく」と返す。
 黄瀬くんがレジに向かったのを確認して自分の必要と思われる商品が並んでいる棚の前に移動した。黄瀬くんの買い物の中にそれっぽい箱があったような気がするけれど、 それはたぶん気のせいではない。
 私も必要と思われるものを購入して車に戻る。
「欲しい物あった?」
「あった」
「じゃあ、もう帰るよ」
 欲しいものがなかったら、もう一軒回ろうとしてくれたのかもしれない。
 黄瀬くんの家は夏以来の二回目で、前回は生活感のなさに驚いたけれど、今回は少しだけ生活感が見えてほっとする。
「ソファに座ってて」と言われて大人しくリビングのふかふかのソファに座った。
 戻って来た黄瀬くんは着替えていて、手にはディスクを持っている。ちゃんと見せてくれるらしい。
「ビールとかも買ったけど、好きなの飲んで」とコンビニ袋をリビングのローテーブルの上に置き、大きなテレビ台の下にあるプレイヤーにディスクをセットした。
「コップいる?」
「直飲みしていい?」
が気にならないならいいよ」
 洗い物は少ない方が良い。
 黄瀬くんも缶ビールを手にしてソファに座る。彼は一度缶をテーブルに置いて私を脚の間に座らせてまた缶に手を伸ばす。
 黄瀬くんの手がシートベルトのように私のお腹に巻き付いた。
 高二の黄瀬くんは当然だけど今よりも全然幼く見えて、でも、やっぱりかっこよくて、高二の私が見てたらヤバかったなと当時この前の試合の事を教えてくれた友人に感謝した。いや、でも、オンタイムで見たかった気もする。
 一昨日の黄瀬くんを凄いと思ったけど、正直、動きのキレは高二の黄瀬くんの方が上だ。本人には言えないけど。
 ところで、葛藤している私が今気になっていることがある。シートベルトよろしく私のお腹に巻き付いていた黄瀬くんの手がどうしてか直接お腹を触っているのだ。肉を抓んだら許さない。
 項の辺りをちうと吸われ、「」と吐息のように呼ばれて振り返る。身体を捻った状態で唇を啄まれて手に持っていた缶ビールを滑らせる。
 ラグマットを汚してしまったのではないかと気になっていると殆ど合わせたところにある黄瀬くんの唇が「大丈夫」と声を紡ぎまた彼が私の呼吸を奪う。
 お腹を撫でていた黄瀬くんの手がそのまま身体の輪郭をなぞって行き、下着に触れた。
 今更「待って」などと野暮はない。私も大人だ。惜しむらくは、今朝下着を先日購入したのに変えようと思っていたのに時間がなくて何というか、普通のを付けていることだ。これは結構へこむな……。何のために買ったんだろうという気がする。
?」
 思案に耽っていると名を呼ばれて我に返る。
「なに?」
「何か心配事? それとも体調が悪い? 今ならまだ止まれるよ」
 眉根を寄せて彼が言う。
「あ、えっと。ごめん。シャワーを浴びてからが良いな」
「え?」
 難色を示されてしまった。いや、だって一日中外で遊んだんだよ?
「黄瀬くんとの初めてなのに、このままはちょっとやだな」
 彼は天を仰いでしばらく動かず、そしてため息とともに私の服の下に侵入した手を抜いた。
「ちょっと待ってて。シャワーで良い? 湯船は?」
「可能なら浸かりたい」
「りょーかい」と彼はリビングを出て行った。
 いや、気分が昂ってるのに水を差して申し訳ないとは思う。先程落としてしまったビール缶を拾い、ラグマットが汚れていないことを確認してほっとした。黄瀬くんの家の調度品はどれもウチとは比べ物にならないくらい高級な雰囲気が漂っているのだ。クリーニングに出すにしてもどれだけ気を使わなきゃならないものか恐ろしいものがある。
 間もなくして、お風呂が沸いたことを知らせる音が耳に届き、「」と黄瀬くんから呼ばれた。





桜風
22.10.15


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