| ジュール邸にそれが届いたのは、ホーキンスが除隊する1週間前のことだ。 家の者は慌てふためき、初めてそれを目にしたときにはも少なからず驚いた。 が、何となく裏が読めた。 深く溜息を吐く。 腕に抱いていた娘に目を向けた。子供の穏やかな寝顔は何よりも平和の象徴だ。 仕事から帰ったイザークがそれを目にしたときは見開かれた目はそのまま何も映していないようで、どこか虚ろのようでもあった。 「イザーク」 そんな様子のイザークにが声をかける。 ゆっくりとイザークが振り返った。 「、これが...」 そう言って、たった今目にしていたそれを渡してくる。 は頷き、そして自分宛のものを差し出した。 「お揃い」 の言葉にイザークは息を呑む。 自分はともかく、のことは納得できない。 「どういうことだ...!?」 「...文面どおり。いまさら軍事法廷が開かれるってことでしょう」 「なぜ、今になって...」 自分が犯した罪から逃げるつもりはない。だから、イザークはそのつもりで今まで過ごしてきた。 だが、戦争が終わり、条約を締結して1年経つ今、何故? イザークの頭から「何故」が消えない。 不意に、赤ん坊の泣く声が耳に入る。 「ああ、はいはい」といいながらは寝室に向かった。 イザークもゆっくりとその後に続く。 「イザーク、先に手洗いうがい。そのままではノルンに触ってはいけません」 は時々イザークにまで母親のように振舞う。 「ああ、」と返事をしてそのまま一度寝室を後にした。 服を着替えてに言われたとおりに手洗いうがいをする。 そして、鏡に映った自分の顔を見た。あまりにも情けない表情を浮かべている。これが一家の長か。 イザークは顔を洗って気分転換を試みた。 再び寝室に戻るとがノルンに乳を飲ませていた。今のプラントでは粉ミルクで育てるのが主流だというのに、は頑として譲らなかった。「まあ、出るんだし、」と言って。 イザークもこればかりは代わってやれないし、とあきらめた。 ただ、夜中に与えるミルクだけは粉ミルクで、と説得した。それなら、が寝こけていても自分が用意できる、と。 穏やかな表情を浮かべているのその視線の先には愛娘のノルンの顔がある。 に子供が出来たと聞いたときには、正直驚いた。 聞いたその瞬間は頭が真っ白になって、そのあとのことはあまり覚えていない。 に聞いても、それは作り話だろうと思うことしか言わないので、信じていない。 だが、娘だと思った。 母はそれを熱望していた。理由は、まあ。想像できる。は女の子らしいことが苦手なため、母は少し物足りないようだ。 孫娘とショッピングを延々数時間が夢なのだとすぐに気づく。 イザークは娘が生まれたら絶対につけたいと思っていた名前があった。 ノルン。 の母の、をずっと守ってきた運命の女神の名前だ。 だから、娘にはノルンと名づけたかった。 そして、生まれたのはとイザークの何となくいいところを取った感じの娘だった。 髪の色はと同じだが、髪質はイザークにそっくりとなっている。瞳の色はイザークと同じくアイスブルー。でも、顔全体の表情というか、つくりはに似ているとイザーク自身は分析している。 家族が増えて、ありきたりな言い方をすれば幸せな家庭を築いている。今はその過程だ。 それなのに。 が無造作に置いている先ほどの紙をイザークは手にとってもう一度読む。 やはり、軍事法廷への出頭命令だ。 「みんなも、きっと驚いてるね」 の言葉にイザークは応えられなかった。 どうしても、この現実を受け入れることが出来なかった。 |
桜風
08.12.1
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