| スペインに渡り、契約手続きを済ませて入団会見を控えた赤崎はひとり部屋の中で待機していた。 現地で通訳を雇い、こちらの生活に慣れる。 そういうつもりでいた。 今回、この会見で同席してもらう通訳はチームの伝手だと聞いた。その人と契約をしても良いし、別の人を見つけても良い。 だが、おそらく別の人を探すだろう。 「ったく...」 赤崎は先ほどからイラついていた。理由はただひとつ。その通訳が遅刻をしている。 通訳の遅刻で会見取りやめとかそういうのにはならないだろう。だったら、誰が困る? 自分だ。 日本人は几帳面だ何だといわれることが多いようだが、時間を守らないような人たちに言われたくない。 コツコツと廊下から靴音が聞こえた。 「走れよ...」 早歩き程度の足音に赤崎は益々イラつく。 しかし、ふと思った。 今回は男性の通訳と言っていなかっただろうか? こちらに向かってきている靴音からするにヒールのある靴のようで。と、いうことは違うのか。スタッフかな?? 文句のひとつを言ってやろうとドアが開いた途端に振り返った赤崎は言葉を失った。 「すみません、遅くなりました。本日代打で通訳を担当させていただきます、と申します。...って」 誰の通訳を担当するとかそういうの聞いていなかったのか、彼女は部屋の中に居る人物を見て固まった。 そのすぐ後の衝撃には我に返る。 「あ、あの..赤崎くん?」 「っス」 間違いないようだ。 体格が随分とたくましくなっている。 を目にした途端、赤崎は椅子を蹴って立ち上がり、そのままを抱きしめていた。 髪が短くなっているがこの人は間違いなくで、その腕に籠もる力は一層強くなる。 《、知り合いだったのかい?》 一緒にやってきたクラブのスタッフに声を掛けられた。 第三者がこの場にいるのがわかっても赤崎はその腕を緩めない。は苦笑して《ええ。わたしの大切な人..かな?》と返す。 「さん、今何て?」 「仕事をしたらちゃんと話します」 にそう返されて腕を緩めた。 「取り敢えず、番号。先に番号」 「逃げないって」 「信用できないっス」 真顔で返されて「まあ、そうかなー」と納得したは携帯の番号を赤崎に教えた。 「ちょっと、掛けてみます」 「ホントに信用ないな、わたし...」 呟くに「当たり前じゃないスか。勝手にトンズラして...」と文句を口にされたらまあ、確かに酷かったのかなぁと反省はした。 の携帯がコールされているのを確認した赤崎はやっと安心したように息を吐く。 入団会見という仕事をひとつ終えた赤崎は控え室でとサシで向かい合った。誰も入ってこないように、と念を押す。 《どれくらい入ったらダメなんだい?》 からかうスタッフに 《お説教が終わるまで、かしらねぇ》 とは遠い目をして答えた。 ドアが閉まるのを確認して「何でスペインに居るんスか」と問いかける。 「わたしからETUを取ったら何が残るか、自分探しの旅をしている途中に寄ったの。昔、留学中にお世話になった人への挨拶回りをしていたら、そのお世話になった人がアマチュアのフットボールチームのスタッフをしてて。わたしが日本のトップチームのフロントだったって話すとそのまま手伝って欲しいとお願いされて。断りきれずにそのままずるずると。今年、帰ろうと思ってたんだけど、どうにもムリで...」 「何で連絡くれなかったんスか」 「帰ったときの驚きを重視?」 首を傾げてが言う。 「んなもんいらないス」と不機嫌に赤崎が返した。 まあ、そうだろう... 「ここの通訳じゃないんスか?」 「うん。赤崎くんの通訳に入ろうとした人と、ここのスタッフと知り合いだっただけ。さっき、スピード違反で警察に捕まって此処に来れなくなるから助けてって電話が入って。スタッフに電話したらじゃあ、来てよって言われて急いでやってきた、というわけ。今日は折角のオフだったのですが...」 「あ。すんません」と謝る赤崎には苦笑する。 「赤崎くんは全く悪くないでしょう。寧ろ、被害者」 「まあ、そうスね」 赤崎の同意で一旦沈黙が降りる。 「さん」 「先に、いいかしら?」 赤崎が何かを言おうとしたが、それを遮るようにが小さく手を上げた。 「あ、ウス」 は一度深呼吸をする。 「わたしさ、色んな国の言葉を話せるでしょう?ジュテーム、テ・アモ、ウォ・アイ・ニィ、イッヒ・リーベ・ディッヒ、アイ・ラヴ・ユー。 どれも同じ意味だけど、全く同じとは言えないと思う。どの言葉もその国の温度のものだし、その国の文化のものだから」 そう言ってが微笑んだ。 「赤崎くん、好きよ。これがわたしの温度のわたしの気持ち。赤崎くんにまっすぐに伝えられるわたしの言葉」 の言葉を聞いて赤崎は俯いた。膝の上においていたの手に自分の手を重ねる。 「ずりぃっスよ」 呟くように、搾り出すように赤崎が言う。 「オレ、ずっとさんが好きだった。約束守って優勝したらさん何も言わずに突然居なくなったりして。そんとき、オレ、ホントちょっと拙い感じになって...でも、何とか持ち直して。 海外のクラブからスカウトが来たときにさんが前に『日本のちっさなチームで終わるなんて器じゃない』って言ってくれた言葉を思い出して移籍を決めて。 そしたら、さんが居て...オレのこと好きとか言って」 そう言って赤崎はの腕を引いた。 不意に手を引かれたはそのまま赤崎の胸に飛び込む形となり、赤崎はを抱きしめる。 「好きとか、そういうの...オレはさんがいいんス。何か、どうせふらふらするだろうけど、さんがいい。 オレ、さんみたいにたくさんの言葉を知ってるわけじゃないけど。たぶん、これだけ知ってればいいんスよ。 好きです、さん。今も、1分先も1時間先も。1年先もずっと、ずっと好きです」 腕を緩めての眸をまっすぐに見て「好きです」と赤崎が言う。 「わたしも」と返したに赤崎は少し情けない表情を浮かべた。 唇が重なり、どちらが漏らした言葉か分からない「愛している」は2人の間で溶けていった。 |
桜風
11.1.8
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