| 「七瀬くん、どれ飲む?」 自動販売機の前で立ち止まり、が聞く。 その言葉の真意を理解出来ないで眉間に皺を寄せると「付き合ってもらうんだから、お礼だよ」とが言い、それに納得して瞬はボタンを押した。 近くの公園のベンチに座る。 「昔話、聞いてくれるかな?」 「これ分は聞く」 そう言いながら缶コーヒーのプルトップ上げた。 「ウチの生物学上の両親が学者だってのは知ってるっけ?」 「前に誰かから聞いた気がするな」 は頷いて話を続けた。 「わたしの家事歴は3歳からなんだ」 の言葉に瞬は驚いた。 「親は?」 「仕事ラブ。母は動物大好き、父は天体大好き」 は昔から親に心配されたことがないらしい。 夜遅くまで遊んでいても、親が捜しにきたことがなく、大抵一緒に遊んでいた一の親が捜しにきてそのまま家に送ってくれていたのだが、それでも親は「あら、居なかったの?」と言って自分の不在にすら気づいておらず心配をされたことがなかったと言う。 ある日、の家に泥棒が入った。 そのときには弟が既に居て、どうしたらいいか分からなくて怖くて押入れの天袋に隠れて2人で震えていた。 おなかは空いたが、運が良かったことにがポケットにラムネを持っていたから弟にはそれを食べさせて飢えを凌がせていた。 泥棒が去ったかどうかは天袋の中からは分からなかった。 だから、何日もそこに隠れて過ごした。 その当時はもう小学生であったは学校側が何日もが学校に来ていないことを親に知らせて研究室に長い間泊まり込んでいた親は久しぶりに帰ってきた。 親がまずしたのは、自宅に置いていた自分たちの原稿の安全の確認だった。 そして、子供たちが学校や保育園にきていないという連絡を受けて久しぶりに家に帰ったのにその事を忘れて書きかけの論文の方にかかりきりになった。 も両親が帰ってきたと声を聞いて分かったが、それでも“狼と七匹の子ヤギ”の童話を思い出して出るに出られなかった。 もしかして、悪い人が両親の声を真似しているだけなのではないか。 今出て行ったら食べられる、とか。 そんな事を思ってずっと天袋に隠れ続けた。 だが、空腹で結局天袋から出てみた。 そこには仕事を楽しそうにしている両親の姿があり、声を掛けると「どうしたの?」と何事もなかったかのように返された。 事の顛末を話すと両親は慌てて弟の保護に向かった。 お姉ちゃんのお前が何をしているかと怒られた。 チョークで自在に声を変えられるはずがないだろうと呆れられた。 「あの人たちは、仕事と弟の心配はするけど、わたしの心配をしたことはないのよ。親が心配しないのに、他人が心配するはずないでしょ?」 挙句、が小学校を卒業した日に親が「丁度いいから」と言って離婚した。 子供に何一つ相談なく、どちらについていきたいかという意思の確認もなく、父親が引き取ると決まっていた。 ついでに、親の離婚した翌日には新しい母親がやってきた。 「...お前の親もかなり酷いな」 溜息と共にポツリと瞬が呟く。 は意外そうな表情を浮かべて瞬を見た。『お前の親も』と瞬が言った。“も”ということは他にも事例があるということだ。 「俺は母親に育児放棄されてな。父親は俺が生まれる前に亡くなった。でも、俺は育ててくれる他人が居たからな、一応。そういや、斑目とは親戚だったんだろう?」 「瑞希とはその1ヵ月後くらいかな?初めて会ったのはそれくらい。それに、遠い親戚だから頼るのは難しいよ」 苦笑しながらが応える。 「草薙の家は?」 「確かに幼馴染だけど、やっぱり全部頼れないでしょ?何より、ウチの親はそれが必要だって気づいてなかったからね」 空を見上げると一番星が輝いていた。 は立ち上がり近くの自動販売機に向かってスポーツドリンクを1本購入した。 「七瀬くん」 名前を呼んでそれを投げた。 受け取った瞬はの顔と缶を交互に見た。意図が読めない。 「延長料金。聞いてくれてありがと」 「草薙と仲直りしろよ。あいつはちょっとお節介が過ぎたかもしれないが、それでも興味本位でしたことじゃないことくらい、だって分かってるんだろう?」 「わたし、今までハジメちゃんと喧嘩したことないんだよね。いつも喧嘩になりそうになったらハジメちゃんが折れてくれてたから。どうしたらいいかわかんないんだ...」 苦笑するに 「じゃあ、せめて学校に来い。先生が心配してるし、風門寺や斑目も」 瞬がそう言ってベンチから立ち上がった。 「七瀬くん、ホントにありがとね」 「瞬でいいぞ」 背中を向けたまま手を振って瞬はそのまま公園の出口に向かった。 |
桜風
08.8.4
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