| 冬休みが明けてセンターまであと数日というところまでやってきた。 それなりに学力が伸びた彼らだったが、1月に入ると何故か補習への出席率がドンと落ちた。 そのことに悠里は胸を痛めて出席率の悪いB6のメンバーの家庭訪問等をして補習に出るように声をかけていた。 センター数日前、と瑞希が放課後の廊下を歩いていると声が聞こえた。 何だろう、と思って足を止める。 「ピッカリ1号...」 「ああ、校長。何言ってるんだろう?」 そう呟いて耳を澄ませた。 どうやら、瑞希がセンターを受けないことに対して何か文句を言っているようだ。 全校生徒がセンターを受ける、つまり進学する気があると言う実績を残したいらしい。 瑞希がセンター試験を受けなければ悠里は結果的に瑞希の指導が出来なかったということでクビにするというのだ。 瑞希は深く息を吐いた。 「赤点ギリギリの人間がセンター受けたって結果は知れてるだろうに...」 瑞希は赤点を避けるために全教科30点にしている。 点数については、教師の性格や今までのテストの傾向から考えたら30点ぴったり取るくらい何でもない。 「ねえ、瑞希。今、瑞希にしかできないことがあるよ」 が見上げてそう言った。 瑞希の瞳が揺れた。 そして瑞希は顔を上げた。 「頑張って」 はそう言って足を進める。 瑞希はの向かった別の方向へ足を向けた。 「先生......センター、受けるよ」 瑞希の言葉に悠里は驚き、同時に喜んだ。 しかし、瑞希に無理をしなくていいと声をかけた。 瑞希は先ほどと同様に息を吐いた。 「人このことばかりだ。先生も......も」 「え?瑞希君?」 「僕がセンター受けなければ、先生はクビになるって聞いた。そんなのバカバカしい。先生は、僕が守る。それが、今の僕にしか出来ないこと」 瑞希が珍しく言い切った。 そのことに、悠里は驚き、戸惑いと同時に嬉しさがこみ上げてきた。 センター翌日、学校中が大騒ぎとなった。 あの平均点きっちり30点の斑目瑞希が3教科満点を取ったのだ。 因みに、今年のテスト毎に学年トップを走り続けていたよりも上だった。 「やっぱり凄いねー」 とは笑いながら言った。 が、が学年トップを取った以上の騒ぎで、瑞希のカンニングを疑う声は教師の間からも出てきた。 悠里はそれを強く否定したが、それでもその根拠が弱い。 だから、悠里は瑞希の自宅に向かった。 瑞希の自宅で姉の葉月から悠里は瑞希の過去の話を聞く。 彼が、アメリカに居たときにした経験を聞いて息を飲んだ。 瑞希は天才だった。 だから、アメリカのシンクタンクで研究されていた。 色んな実験を施されて、辛い思いをしていた。 だから、その研究者たちから逃げるように彼を日本に連れてきた。日本の祖父母に育ててもらったという。 「そのとき、ちゃんのお母さんにお世話になったんです。私の母と彼女のお母さんがいとこ同士だったのはご存知ですか?」 「聞いたことあるわ」 「アメリカからこちらに瑞希を逃がしてくれたのは彼女のお祖母さんだったんです。ウチの両親も勿論尽力しましたが。その..ちゃんのお祖母さんの行動力と言うか...まあ。色々と思い切った性格の人なので凄く頼りがいがありました。そして、ちゃんが瑞希と同じ年だからって時々遊びに行っていたんです。いつの間にか瑞希が懐いたんですよ」 それから瑞希は学校が終わっての家に遊びに行ったり、休みの日はが遊びに来たりしていたという。 でも、瑞希は以外の人物と接するつもりがなかったため、の幼馴染であった一とは会ったことがないという。 「そう...瑞希君」 彼の経験したその境遇を思って悠里は俯いた。 「でも、私。先生には感謝しているんですよ」 葉月が言う。 「え?」 「ちゃんがこっちに引っ越してきたと聞いたときには瑞希が独りにならなくて安心しました。でも、ちゃんだけだったらきっと瑞希は変わらなかったと思います。先生が瑞希のことを真剣に考えてくださったから、あの子は嫌っていた自分の実力を出すことにしたんだと思います。先生、卒業まであと少しですが。瑞希のこと、もう少しお願いします」 葉月に頭を下げられて悠里も頭を下げて応えた。 一度瑞希と一緒に行ったことのある植物公園にいってみた。 すると思ったとおり瑞希がいた。 「瑞希君」 「...聞いたの?」 瑞希の問いに悠里は頷いた。 「さんは、知っていたのね」 「うん。は僕のアメリカでの事を知ってたから、皆に内緒にしてくれてた」 「そう...。でも、何で今回。その、嫌だったのでしょう?」 「がいったんだ。今の僕にしかできないことがあるって。そうだと思ったから」 「瑞希君にとって、さんは大きな存在ね」 「似たもの同士だから。人が、嫌いな僕。大人が嫌いな、」 それを聞いて悠里は俯いた。 は何でも出来るから自分の手伝いすらしてもらっている。彼女も彼らと同じ高校生だというのに。 「が何でも出来るのは、出来なかったら生きていけなかったから。先生、の部屋で見たよね。本の数」 「ええ、とても多かったわ」 「本が親の代わりだって、昔、言ってた。親が教えてくれるはずのものを本が教えてくれた」 しかし、本では伝わらないものはある。 それは愛情で、人を思いやる気持ちで。 きっとそれをに与えたのは周囲の人間、というか一だったのだろう。弱いものを守ろうという信条を幼い頃から抱いていた少年。 「もう少し早く、も先生と会えたら良かったと思う。先生は、本当に...」 そう言って瑞希は寝た。 何処でも寝るのは瑞希のクセで、それも演技だと思っていたがどうやら違うようだ。 「ちょ、瑞希君!?こんなところで寝たら風邪を引いちゃうわよ」 悠里の訴えは瑞希の耳に届きもせず、彼は規則正しい寝息を立て始めた。 |
桜風
08.10.31
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