Dear my friends 59





教室の中が落ち着きをなくしている2月のある日。

放課後、が一の勉強を見ていると一が突然立ち上がった。

「何?」

「あ、いや...今日はこれで終わりにしねぇか?」

一が落ち着きなくそう言った。

「...いいけど、大丈夫?」

進路がそれぞれ違うため、現在の補習は1人1人行っている。だから、翌日も一を見ることは出来ない。

「あー、うん。オレ、ちゃんと頑張るから」

そう言って慌てて荷物を纏めて教室を出て行った。

は教室の窓からその向かいの校舎を見下ろした。

ああ、もしかしたら...

納得しても荷物を纏める。


夜、携帯が着信を告げる。

表示されているのは“ハジメちゃん”という文字だった。

「どうしましたかー?もう本日の補習受付けは終了しましたー」

が言うと電話の向こうで苦笑した感じの空気が漂ってくる。

『気分転換に付き合ってくんないか?もしかして、それも受付け終了?』

一の言葉には苦笑し、「あと1分で締め切りでしたよ」と返した。

『んじゃ、迎えに行くわ』

「いいよ。場所決めてくれたら行くし」

『今、のマンションの下』

その言葉に驚いてベランダに出ると手を振る人物は間違いなく一だ。

「上がる?」

『や、出来れば外がいい』

一の言葉を了承してはコートを着込んでマンションの下におりた。

「何処行くの?」

「決めてない」

つまりは、散歩か...


暫く無言で2人は足を動かした。

「今日さ、勇次の話を聞いたんだ」

不意に話を始めた一の表情は少し寂しげだった。

は何も言わずにそのまま静かに話を大人しく聞いた。

どうやら、岡崎は悠里に自分のしたことを話したらしい。それを、悠里が岡崎に苛められるのではと心配してその場に向かった一が聞いたという。教室から生徒会室前の廊下は丸見えだから、岡崎の入った後に悠里が生徒会室に入ったのが教室から見えて一は慌てて補習を中止したのだろう。

「勇次、オレの事を羨ましいって」

「そう」

「でも、オレは勇次の方が凄いって思ってたのに。頭いいのにあんなにサッカーも出来て。オレは、馬鹿だから、サッカーしかなかったし」

「人は正確に自分を見ることが出来ないから」

の言葉に「そうかもな」と一も呟く。

「...あのさ、お前。気づいてたか?」

一が言いにくそうにそう切り出し、「何を?」とが返したが、一は言葉を濁して誤魔化した。

「勇次がお前の事好きだって、気づいているか」

そう聞こうと思った。

けど、聞いてどうなるものでもないし、それ以上にの想いを聞くのが怖かった。

今でも、こうやって会って話をして。凄く近いと思うのに、どこか彼女は自分の中に誰も踏み込ませない雰囲気がある。

瑞希とよく一緒に居るが、瑞希はあまり人に深入りしない。だから、は一緒に居るのかなと思ったら少し寂しく思う。

「なあ、

足を止めて一が言う。

「何?」

一はダウンジャケットのポケットから1本のナイフを取り出した。サッカー部を辞めてから自分が今まで肌に離さず持っていたナイフだ。

そして、それを川の中に投げた。

ポチャンと控えめな水飛沫が上がり、その周りに波紋が広がる。はその様子をどこか遠い景色のように眺めていた。

「手ぇ、繋いで良いか?」

はきょとんとしていたが、「はい」と手を差し出す。

少し躊躇いがちに一はその手を取って握る。

「あのさ、オレがの事を呼び捨てにし始めたのっていつからか覚えてるか?」

突然の一の言葉には自分の記憶を掘り返してみたが、結局思い出せなかった。

「わかんない」

「そっか...」

リトルリーグのサッカーを始めてからだった。

負けたくない人物に出会った。

少しでも背伸びをしたくて、幼馴染の少女を呼び捨てにしてみた。

初めは彼女は驚いたようにきょとんとしたが、「ハジメちゃん、大人みたいだね」と彼女は笑った。

だが、その笑顔は今思えば寂しそうな、遠くを見るようなそれだった。

ちゃん」

ためしに昔のように呼んでみた。幼いときの、その呼び方。

口にしてちょっと気持ち悪いと思ってを見下ろすと彼女ももの凄く気持ち悪そうな目をこちらに向けている。

「悪ぃ...」

「うん、どうしちゃったの?もの凄く変だよ?わたし、受験ノイローゼになるほどしごいてる?お散歩じゃ気分転換にならなかった??」

もの凄く心配されて本当に恥ずかしくなる。

昔のように名前を呼べば少しは近づけるかと思ったのだ。

だが、寧ろ距離が遠くなった。

「や、うん。忘れてくれ」

一が言うとは面白いものを見るような目を向けて続けていた。

「どんなに嫌がっても大人にはなっちゃうんだよ。これは、仕方のないこと」

「そう..だよな」

「ハジメちゃんの手が大きくなったのと同じだよ。こんなに手、大きくてゴツゴツしてなかったもん」

が呟く。

「だな...」

一はそう応え、あ、今“ハジメちゃん”って言ったなと思いながらも今のはカウントするのをやめた。

さっき、自分だって“ちゃん”って呼んだのだからお相子だ。

「オレ、大学に入ったらサッカー、また始めようと思うんだ」

「じゃあ、まずは合格しないとねー」

嬉しそうに言うに「おう!」と返して彼女の家へと足を向けた。









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桜風
08.11.7


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