| 取り敢えず、これだけ目立つ男の子を連れて落ち着いて話をするには外だとちょっと難しいから、とのマンションへと帰った。 電気ガス水道は今月いっぱいは契約しているという。 「あれ。何でカップがこんなに?」 「ああ、年末オレらが泊まったから買ったんだよ。近くの百均で」 一の言葉にの母が何かを思い出すかのように天井をボーっと見て「ああ、そういえば言ってたわね」と納得した。 そう言いながらの母がキッチンに立とうとした。 「...おばさんがキッチンに立つと先生を上回る殺人的なものが出来上がるらしい」 ボソリと瑞希が言う。 皆はさっと蒼くなった。 「待ってください。あの、私が...」 慌てて衣笠の姉がの母を制してコーヒーを淹れ始める。 皆は安堵の息を吐いた。 ああ、だからは悠里のチョコを食べても平気だったのか。抗体が出来ているから... 「じゃあ、コーヒーは衣笠さんに任せるとして。あの子の何を知りたいのかしら?」 そう言って皆を見渡す。 「は、何でアメリカに行くんだよ。だって、高校もこっちで一人..じゃないけど。でも、独り暮らししてたし。大学生でそういうのは少なくないだろう?」 一が代表して聞いた。 「...サイテーな両親を持った女の子の話をしましょう」 の母はそう言って一度目を瞑った。 あるところに少女が居た。 彼女の両親は自分の仕事が一番好きで、子供の事は二の次だった。 両親が結婚した理由も自分たちの知的好奇心を満たすためだけだった。 子供の産み分けは本当に出来るのか。 ただ、それが気になっていた女と男がその実験をするために結婚をしたのだ。 最初は女の子の方が後々親が楽だと聞いたからまずは女の子。 そう思って子供を作り、女の子が生まれた。 母親はその子供が1歳になるまで仕事を休んで育て、その後は保育園に預けてまた仕事三昧な日々を送り始めた。 子供がある程度の分別がつくようになったと勝手に理解したのはその娘が3歳のときだった。 それ以降、本当に放ったらかしだった。 ある日、家に帰って驚いた。 なんだかよく分からないものが台所にあった。 それは、どうやら何かの料理だった。傍らに料理本があったからそれだと気づくような形容しがたいものだ。 だが、母親は子供はもう料理が出来るとみなして益々家に帰るのが遅くなり、研究室に泊まることも増えた。 勿論、父は帰ってこない。 時々帰ってくるが、それでも子供に興味がなく家に持ち帰った自分の研究論文を書くために書斎に篭っていた。 娘が大きくなり、女の方の仕事が一段落ついた。だから、次は実験の続きで男の子を産んでみることにした。 そしたら、男の子が産まれた。 これで、彼らの実験は終了した。 母親はまた息子が1歳になるまで仕事を休んだが、また仕事三昧の日々を送るようになった。 息子は娘が育てられる。 娘は小学生になった。食事も上手に作るようになったし、幼馴染と呼べる存在が意外と面倒見が良くて彼女を助けてくれたから大丈夫だろうと思った。 ある日、学校から研究室に連絡入った。 娘が数日無断欠席をしているという。 丁度自分も研究室に泊まっていたからその様子を知らず、仕方なく自宅に帰った。夫にもそれを連絡して帰るように促した。 家に帰ると妙に荒らされた気配がある。 彼らはすぐに自分たちの書斎へと向かった。 書きかけの原稿が家に置いてあったからだ。自分たちの仕事の無事を確認して、ついでにその原稿を仕上げてしまうことにした。 何故帰ってきたのか思い出したのは娘の姿を見たからだ。 彼女はやつれており、弟と一緒に押入れの天袋に隠れていたという。 慌てて息子の保護に向かった。 何故あんなところに何日も隠れていたのかと問い詰めると、彼女は童話を持ち出した。科学的根拠のないそれを信じて弟をあんな目に遭わせたという。 娘のそんな信じられない言葉に彼らは彼女を叱った。 そして、お互いが息子の面倒を押し付けた。 自分が家に居なくても、いつも家は片付いている。そして、夫は沢山愛人を作っていた。 それについてはまったく興味ないし、好きにすればいいと思った。 だが、家庭に縛られるのがもの凄く億劫に感じ始めていた。 だから、丁度いい。 娘が小学校を卒業したら離婚をしようと話をすると夫は何の意義も口にせずに寧ろありがたがって承諾した。 しかし、子供は夫が面倒を見るようにと彼女は主張した。 自分は子供を産むのに研究を止めた。約4年だ。その間、夫は自分の研究を好きなように進めた。 だから、今度は夫がリスクを負うべきだ。 それについては夫が反論したが、それでもこちらの意見を押し切った。 そこに子供の意思がないのは当たり前だった。 取り敢えず、子供が経済的に困らなければ良いのだから。どちらでも同じだろうと思っていた。 娘が小学校を卒業した日、離婚を告げてそのまま子供たちは引っ越していった。 聞いた話によると夫はその次の日に新しい妻を迎えたという。 それなら、子供たちも困らないから丁度いい。 元夫の2番目の妻は1年しか持たなかった。離婚の話を聞いたときにはそう思ったが、彼女は頑張ったほうだと言うことを後で知る。 結婚する予定で一緒に住んだ女性は3日で投げ出したこともあったと聞いた。籍も入れていなかったから彼女の戸籍にはその経歴はない。 娘はもう親に、大人に期待をすることはなくなった。 元々そうだったが、それ以上に独りで何でも出来る所謂“いい子”になった。 弟の面倒もきちんと見る。 本当に手がかからない。 しかし、彼女が高校に上がったときに自分たちの過ちにやっと気がついた。 学校の健康診断で異常が見つかったという。 血液検査で今まで見たことのない数値が現れた。だから、大きな病院で精密検査を受けるようにと医師が指導した。 娘はそれを無視していたが、その最初の診断をした医師は母親の知り合いだった。だから、その医師は一応彼女の母親に連絡を入れていた。 彼女はその事実を確認すべく元夫に連絡を入れた。 知らなかった元夫は娘にそれを聞いたら「何でもない」といわれてそのまま納得したが、元妻が怒鳴り散らしたお陰で娘を大きな病院へと連れて行った。 そこで診断された結果は、原因不明の病だという。もしかしたら、精神的なものからきている病気かも知れないと指摘された。 体の抵抗力が著しく低下しているといわれ、太陽光をあまり長い間浴びていると体力の消耗が激しく貧血に近い症状を起こして危険だという。日常の行動にある程度の制限が加わり、もしかしたら、あまり長く生きられないかもしれないと言われた。 病院のその検査結果を持って元両親はそれぞれの知り合いの医師が居る研究機関の見解を聞いた。 どこも大体同じ事を指摘し、そして海外での治療を勧められた。 日本よりもアメリカなどの海外の方が医療行為や新薬の取入れなどの規制が緩いからもしかしたら治療法が見つかるかもしれないといわれた。 元夫はすぐに渡米を決めた。 精神的なものから来ている。つまりは、自分達が原因の可能性が高い。というか、殆ど自分だろう。 そして、元妻は勘当されていた両親の元を訪ねた。 彼女の両親はアメリカでドクターをしており、母に至っては心療内科の権威だった。 だから、頭を下げに行った。 「子供は勘当したが、それでも患者の治療を放棄するつもりはない」という言葉をくれた。 そして、娘にそのことを話した。 だが、彼女は「アメリカに行く気はない」と言った。「別に、今の体で不自由はない」と言う。特に、元両親が心を入替えたなら弟もまともに育てる気になったんだろうと言った。だから、自分が死んでも誰も困らない。自分を心配する者はいないのだから。 初めて、彼女の孤独を知った。 せめて1年考えてくれるように頼んだ。高校は日本で卒業して、そしてその後は彼女の意思を尊重する。 勿論、アメリカに行きたいと思うかもしれないからそちらの受け入れ態勢を整えるという意味で父は渡米するという話になった。 そこで、彼女の母親は元妻仲間を頼った。彼女の弟は自分の教え子でもあり、私立高校の教師だと聞いている。何とか融通が利かないものかと頼み込んだらあっさり了承された。 その高校には娘の仲の良かった遠い親戚も通っていると聞いていたから安心できると思った。幸運なことに、彼女の幼馴染までその学校に通っていた。 そして、その学校で最後の高校生活を送った彼女は渡米を決めた。 生きる道を探すこと選んだのだ。 |
桜風
08.12.26
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