| 「どうした、ハジメ。この間までの絶好調はどこに行ったんだ?」 試合後のロッカールームでチームメイトがからかう。 特に大きなミスをしたわけでもない。しかし、が見に来ていたときの試合があまりに好調すぎてその試合とのギャップをからかわれたのだ。 勿論、チームメイトはの存在を知らない。気付いている者がいるかもしれないが、彼女が一にとっての最愛の人とまでは気付かれていないだろう。 イタリア人から見れば、淡白な関係に見えて一と彼の知り合いでイタリアに来ている日本人の女性は恋人には思えないようだ。 せいぜい、家族に見えるのだろう。 「ハジメ」 GMが声をかけてきた。 一はとりあえず助かった、とGMの元へと行く。 今は、あまりのことを言われたくない。 「この後何か用事はあるか?」 そう聞かれて浮かんだのは、の予定だ。 今日は翼の出演するファッションショーを見に行くと言っていた。帰りが遅くなるかもしれない、とも。 パリでのショーだから、もしかして悟郎と一緒に食事でも済ませて帰るかもしれない。 そして頭に浮かんだのはあの完璧超人の永田だった。 気にしないようにしているのに、どうしてもあの人を意識してしまう。 「ハジメ?」 「あ、ああ。すみません。大丈夫です」 「そうか、それなら食事に行かないか?お前と食事をしたいと言っている人がいるそうだ」 「食事、ですか?」 こちらも外で済ませてしまおう。 「分かりました」 一は承諾した。 GMがポンと一の肩に手を置く。 「上手くやれよ」 意味ありげにそう言ってその場を後にした。 少し時間を潰して一は指定されたホテルに向かった。 「こういうときは、翼に感謝だよなー」 どんなに高級レストランに招待されても腰が引けることがない。 そうは言っても、翼が連れて行ってくれるのは真壁財閥の系列のレストランばかりだから、やりたい放題で、その点は気を引き締めなければならない。 案内された個室にはGMの他に人が居た。 自分の薄っすらとした記憶を必死に辿り、ひとりはチームのオーナーだと分かった。 しかし、そのオーナーと一緒にいる人は自分の脳内に記憶したデータベースにはない。 会ったことはあるかもしれないが、記憶していないのだ。 綺麗な女性だった。 けど、それ以上の感想が浮かばない。魅力を感じないのだ。 というか、基本的に自分が魅力を感じる異性はだけになっている。 これまた不思議なものである。 座るように勧められて一は椅子に腰掛ける。 しかし、一は何故自分がこの場にいるのかは何となく察した。 彼女が自分に向ける眸を見れば、自ずと分かる。 正直な感想は、「やだな」だった。 食事は和やかに進む。 翼のレストランだとガツガツ食べても何も言われないが、さすがに大人になった一はTPOくらいわきまえることができるようになった。 というか、に散々怒られたことも原因のひとつである。 一緒に食事に行って行儀が悪いと叱られる。 それを思い出して一はクスリと笑う。 「どうしたんだい?」 オーナーに声をかけられて「あ、いえ」と慌てて誤魔化した。 何処にいても、誰といても思い出すのはのことで。 本当に自分はどうしようもない。 それなのに、1週間前からの笑顔を見ていない。 自分のせいだとは分かっている。 心から心配した。それはにはちゃんと伝わった。けど、自分の中にあったそれ以外の感情のせいで上手く気持ちを収められていないのだ。 はそれを肌で感じて、彼女自身どうして良いのか分からないのだろう。 今のぎくしゃくとした空気をどうにかしたいと思ってはいるが...自分はまだまだ子供だ。 「ところで、ハジメ。私の娘はどうかね?」 これまたざっくりとした質問である。 「綺麗な方ですね」 一般的にそういって間違いない。 「実はね、ハジメ。娘は君の大ファンなんだよ」 「光栄です」 拙い、と一は内心冷や汗を掻いている。 オーナーと選手。 この関係で、自分の選択は賢くないと言われるかもしれない。 それでも、自分の中の『いちばん』はもうとっくの昔に決まっている。誰にも、何にも譲ることが出来ないそれ。 ――ごめん、... 一は心の中で彼女に謝罪した。 |
桜風
12.10.7
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