| 部屋の中は、スパイシーな香りが充満している。 急いで作れるものといえばこれくらいしかなかった。 しかし、待ち人、まだ帰らず。 「遅くなるって言っちゃったし...」 はカレーを作っている鍋の中を混ぜながら呟いた。 翼のショーを見て、楽屋を訪ねて感想を述べてとっととイタリアに帰ってきた。 翼も悟郎も何だか不満そうだったが、2人は何だかんだでに甘く、そして、友情に篤いのだ。 翼の出演するショーの会場に向かう道すら、車の中で悟郎に問い詰められた。 さすがに鋭いなぁ、とは苦笑した。 「一と喧嘩したの」 「喧嘩?ハジメとちゃんが?」 意外だったらしく、悟郎が頓狂な声を上げた。 「うん。わたし、相変わらず無神経だから」 悲しげに睫を伏せてが言う。 「詳しく聞かせてもらえる?」 ここまで言ったし、聞いてもらえる方がスッキリするかもとは悟郎の好意に甘えることにした。 話を聞き終わった永田はさすがに反省した。 一の気持ちは痛いほどよく分かる。 そりゃ、心配するだろう... 翼がをカフェに付き合わせるとき、一瞬自分の中にも浮かんだ懸念だ。 『他人』の自分が思うのだ。『恋人』の一が思わないはずがない。 「さん」 思わず永田が口を挟もうとしたところで「ね、ちゃん」と悟郎が同時に言葉を発する。 永田は口を閉ざすことを選んだ。 「ボクね、ちゃんが好きだよ」 はきょとんとした。知っている。 だが、悟郎は苦笑して首を横に振る。 「ボクは、ちゃんをひとりの女の子として好きなんだ。ハジメのライバル」 は目を見開いた。 また自分は無神経に... 「けどね、これはボクが選んだことなんだよ。ちゃんを幸せにする自信はあるけど、これって、ボクの独り善がりかなって思ったんだ」 泣きそうなに対して悟郎は笑顔だ。作り物ではなく、心からの。 「そりゃ、ちゃんがボクじゃなくてハジメを選んだって聞いたときは『見る目ないなー』ってちょっとだけ思った。けど、ハジメしかいないかなって最近ようやく思えるようになったんだ。どうしてか分かる?」 は首を振る。 「ちゃんが本音を言えるのは、ハジメだけなんだよ。それって、ちゃんがハジメを心から信頼してて、大好きだからなんだよね」 「そんなこと...」 「うん、時々はボクたちにも言ってくれてる。けどね、我侭はボクたちにはいえないでしょう?」 言われて気が付いた。 翼とは楽しく口げんかするし、瞬には時々愚痴を聞いてもらっていた。悟郎だって、話し易い空気を作ってくれるからたまに零すこともある。 瑞希は..まあ、昔話ができる間柄で、清春も一緒に騒げる友人だ。 だが、我侭を言えるのは、確かに一だけかもしれない。 「我侭言えて、喧嘩して...ボク、ホントはそれが羨ましい。翼との口げんかなんて、じゃれてるだけでしょう?でも、ちゃんがハジメと喧嘩をするのって自分を知ってもらいたいからなんだよね」 そうかもしれない。 一だけには感情をぶつけることができる。 彼の想いに応えたいと願い、足掻く。 「そうそう。永田さんも頼ってるみたいだけど、ちゃん永田さんに本音言えないでしょ?」 コクリと頷いた。 相手が自分に真正面からぶつかってこないのだ。こちらからぶつかれっこない。 永田は数少ない『頼れる大人』だが、それ以上はない。にとっては、元叔父である恩師の衣笠と同じなのだ。 「ちゃん、これからもハジメに我侭言っちゃいなよ。自分の気持ちを我慢せずに。ハジメはそんなに器用じゃないから、言わなきゃわかんないと思う。けど、ちゃんにとっては、そこが魅力なんでしょ?」 からかうように悟郎が言う。 は言葉につまり、そして頷いた。 悟郎は笑顔で胸の辺りを押さえた。 ちゃんと、失恋できた... ずっと押し込めていた感情をどさくさに紛れて零した。 瑞希みたいにはっきりと振られたわけじゃないから、燻っていたが、やっと気持ちに蹴りをつけることが出来た気がする。 「ゴロちゃん、ありがとう」 「どうしたしまして。あ、けどハジメに泣かされたらボクに言ってね。ゴロちゃんハンマーでしばいてあげるから」 満面の笑みで悟郎がそういい、は苦笑して、頷いた。 「ゴロちゃんって、凄いなぁ...」 がそう呟いた同時に玄関の鍵が開く音がの耳に届いた。 |
桜風
12.10.21
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