あいのうた 8





一は肩を落としながら帰路に着いていた。


オーナーから愛娘との交際を迫られた。

それをあっさり断ったのだ。

だって、がいるし。というか、が自分の『いちばん』なのだから、それ以外の選択肢を迫られたって、選べるはずがない。

オーナーの娘はその場で泣き崩れ、オーナーはカンカンに怒った。

カンカンに怒られても...

一は心の中で溜息を吐いた。

「娘で不足な理由は!」

「オレには、大切な女性がいます。世界でいちばん大切なんです」

「私の面目を潰したことが何を意味するのか分かるのか?」

「オレは、このチームが好きです。出来ればこの先もここでプレイしたいと思っています。
けど、例えばこれが原因で解雇されると言われてもオレの答えは変わりません。第一、そこでオレが頷いたってお嬢さんは納得できないでしょう?家族を人質にとられても、世界中の命と天秤にかけられても、オレは答えを変えません。オレが愛しているのは、彼女ただひとりです」

自分が子供で、まだ色々と上手くできなくても、結局答えはひとつで。

一番大切なのはだ。

サッカーも、勿論大切だ。ただ、それ以上にが大切なだけなのだ。


シーズン中に職を失う可能性も否定できない。

...否定できないのか?

は怒るかなぁ。

けど、自分以外の人との交際を断ったことを怒るかな?怒らないと思うけどなぁ...

グルグルと珍しくマイナス思考でとぼとぼと帰っていると、遠くから部屋の電気が点いている様子が見えて一は駆け出した。

急ぐから上手く鍵を挿すことができずまどろっこしかったが、何とか鍵を開けて玄関に飛び込む。

カレーの匂いがした。

?!」

「おかえり、一」

顔を覗かせてが言う。

表情が、今朝と随分と違う。

悔しいと思った。しかし、そんな気持ちを押し込めて「ただいま」という。

「ご飯食べて帰った?」

「あ、うん。ごめん」

せっかく作って待っていてくれたのに...

は苦笑する。

「ううん、わたしも遅くなるって話してたし」

「...早かったんだな」

「30分くらい前に帰ってきたばっかりだよ。シャワー浴びておいでよ」

何事もなかったかのようにが言う。

その態度が余計に一を苛立たせる。

だが、ここで拗ねても仕方ないのは一も分かっているので、とりあえずシャワーを浴びることにした。


「上手くできたかな...」

努めていつもどおりを心掛けた。

おかしなところはなかっただろうか...

悟郎に指摘されて、開き直ることにしたのだ。

あの日、既に謝罪をしている。だから、今日また何かを謝るというのはおかしいと思った。

だから、喧嘩をする前の状態にリセットしてみようと思ったのだ。

暫くして一がシャワーを終えて戻ってきた。

、ビール飲む?」

「ううん、お水がいい」

「んじゃ、オレもそれにしよ」

冷蔵庫を開けて一が呟く。

下はスエットを履いているが上はまだ何も着ていない一はバスタオルを被ったままグラス2つにミネラルウォーターの瓶を持ってリビングのソファに腰掛ける。

「けど、ホントに早かったんだな。飯は?翼たちと済ませなかったのか?」

そう言いながらの前に置いたグラスに水を注いだ。

「うん、ショーを見てすぐに帰ったから」

そう言っては両手で包むようにグラスを持った。

「一は、お友達とご飯行ったの?」

「んー...」

歯切れが悪い。どうしたのだろうか。

が一の顔を覗きこむ。

「あのさ、

「なに?」

コクリと水を飲んだ。

「オレ、失業したらどうする?」

「はい?!」

の口から思わず頓狂な声が漏れた。

「何、どうしたの?」

グラスをテーブルに置いては一に向き直った。

「今日、GMと食事に行ったんだ。そしたら、行った先のレストランにチームのオーナーとそのお嬢さんがいて...」

チラとの表情を覗った一は慌てた。

?!」

今にも泣きそうな顔をしている。

「ごめん」とが謝る。

「どうした?」

「わたし、やだ。一...」

ぎゅっと縋るように一の腕を握る。

「信頼ないなぁ」

一は苦笑した。が何を嫌だと言ったのか分かったのだ。を抱きしめる。

「だから、さっき言っただろう?『失業したらどうする?』って。断ったらすっげー怒られた」

ははっと軽く笑う。

「大丈夫なの?」

「さあ?プレイヤーとしては評価してもらえていると思うんだけど。あとは、オーナーの度胸次第」

「...たぶん、『度量』だよね?」

が冷静に突っ込みを入れた。

それを受けて一は声を上げて笑う。

「そう、それ」

がギュッと一を抱きしめる。

一は窮屈そうに体を屈めての額に唇を落とす。くすぐったそうに肩を竦めたは腕を緩め、一は覆い被さるようにに体重をかけた。

暫く重ねていた唇を離して一はの首筋に顔を埋める。

ビクリと反応したに、一は正気を取り戻した。

「ご、ごめん...!」

体を起こそうとした一の腕をはぎゅっと握る。

「こ..ここじゃヤダ。明るいし、ソファだし」

驚いた一はの顔をじっと見る。

居た堪れないように顔を背けたの額にキスをし、彼女を横抱きにして寝室へと向かった。









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桜風
12.11.4


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