| 葉月の作り置いてくれた料理は中華だった。 その割に薄味で食べやすい。 肉嫌いの瑞希のために海老やイカなどの海鮮中心のものになっていた。 「そういえば、瑞希は今どこに住んでるの?ここ?」 「ううん。都心に翼がマンション建てたから、そこに住んでる。家を引き払ってたり、実家には帰りたくないのも居たから」 ああ、たぶん瞬と清春か... は何となく納得して頷いた。 実家が近くにある者は、瑞希のようにこうしてたまに帰っているのだろう。 「ねえ、北海道...おばさん、どうだった?」 が北海道に行ったことはさっき話した。 それを聞いた瑞希は俄かに驚いたが、嬉しそうに笑った。 「うん、日本の動物王国だからね。楽しそうだった。オフィスにもご招待されちゃったわ」 笑いながらが言うと「オフィス?」と瑞希が首を傾げたから「研究室のこと」とは解説する。 なるほど、と瑞希は頷いた。 そして、母との出来事を話した。 何となく、誰かに聞いてほしいと思った。たぶん、自分にとっても嬉しい出来事だったのだ。 瑞希は先ほど以上に驚いた表情を浮かべた。 「は、もう大丈夫?」 「...何が?」 何を指して『大丈夫』なのかちょっとわからない。 「おばさん、許せた?おじさん、受け入れられたの?」 は困ったように笑う。 「許す、っていうのはちょっとどうかな?ただ、母の苦悩は少し垣間見れたと思ってる。父は、もう何と言うか...諦めた。ムカつくことはムカつくし、ああいう生き物に対しての拒否反応もおかげさまで骨の髄まで染み込んでるから『お父さん大好き!』なんて天変地異が起こってもまず口にしない台詞だな」 一度言葉を終わらせる。 「でも、わたしを心配してくれているその気持ちは伝わってるし、まだ戸惑いはあるけど、嬉しい..かな?とは思ってる」 恥ずかしそうにそう言った。 瑞希はとても優しく微笑む。 過去は変わらないし、彼女が過去抱いた悲しみや苦しみはなくならない。それは、既に経験したもので事実だ。 けど、その過去の痛みは無くす事は無理でも薄れさせることは出来る。 今の彼女の心の傷は少しずつ小さくなっているのだろう。 とても嬉しい。 は自身が苦しいことを誰にも言わなかった。自分が苦しくても結局他人を助けて守って、優しさを分けた。 自分はそんな彼女の優しさに救われた。そして、当然のように惹かれた。 大好きだった。 今でもその気持ちは変わらない。 ...いや、今の自分の気持ちはどうだろう。 今、自分が彼女に抱いている気持ちは本当に昔寄せた想いと同じ純粋なものだろうか。 きっと、ちがう。 醜い部分も自分の中にあるのは自覚している。 彼女の隣に自分以外の誰かが立っているのはイヤだ。それが自分の親友の誰でも。 自分の同性だったら喩えそれが彼女の身内でも面白くないと思う。 呆れるくらい、自分が少しだけイヤになるくらいの独占欲。 昔から何かに固執することはなかった。むしろ、無関心が心地よいと思っていた。 でも、にはずっと自分を見て欲しかった。 今でも、ずっと自分を見ていてほしい。自分だけを、見てほしい。 そして、自分も彼女だけを見ていたい。 彼女のお陰で変わり、働くことも出来ている。自分の才能を嫌悪することも少なくなった。 少しずつ自分を好きになれている。 そして、それに比例して彼女を好きになる。それが止まらないから、時々困る。 『好き』ってどれくらいになったら止まるんだろう。上限はどこだろう... 「」 思わず呟く。 また『好き』が増えてしまう。名前を呼ぶたび、触れるたび、彼女が微笑むたびにどんどん好きになる。 「んー?何?」 夕飯の片づけをしながら、背を向けたまま彼女は返事をした。 振り向いて、と念じる。 キュッとシンクのお湯を止めて食器置きに全ての洗い物を置いた。食器洗い機があるからそれに入れて置けばいいのだが、はそれが好きではないと先ほど言っていた。本当に綺麗になるかわかんないから、と。 エプロンを脱いで瑞希の元へと足を運び、彼が座っているソファに腰掛けた。 「何?さっき呼んだでしょ?」 小さく、呟くだけのつもりだったのに。 瑞希は苦笑した。 「」 「はいはい?」 「」 「なに?」 「」 名前を何度呼んでも彼女は返事をする。それが嬉しくて繰り返しているととうとう彼女は返事をしなくなった。代わりに苦笑している。 「何?どうしたの??何か言いにくいこと?」 隣に座るの頬に触れてみた。くすぐったそうに目を細める。 「」 「なあに?」 「好き」 「うん、ありがとう。わたしも瑞希好きだよ」 さらりと返されて焦燥感と苛立ちが湧く。 そうじゃない、その『好き』じゃないんだ! 瑞希はを引き寄せてチュッと唇に軽くキスを落とす。 は目を丸くしていた。 「...瑞希?」 「僕の『好き』はこういう意味。のは、違うんでしょ?」 じっとの目を見つめた。 はその瑞希の瞳から目を逸らせなかった。逸らすことを瑞希が許さない。そんな雰囲気に戸惑い、思考も止まる。 「!ごめん、。ごめん、泣かないで」 瑞希が慌てる。 『泣かないで』? は自分の頬に触れた。 「あ、いや。あの、違うよ、瑞希!」 「僕のこと、嫌いにならないで」 泣きそうな顔で瑞希が言う。 「嫌いじゃない、嫌いじゃないよ。びっくりしたの。驚いたの」 は慌てて自分の目元を拭うが、それでも涙が止まらず後から溢れてくる。 どうした、涙。止まれ、涙! そんなことを念じていても一向に涙は止まらず、別の意味では泣きそうになる。なんて情けない。 の顔を覗きこんでいる瑞希が悲しそうな顔をしている。 「違うんだよ、ホント。...でもね、瑞希」 そう言っては俯き、暫く沈黙する。 「...?」 待っても中々言葉を口にしない彼女に少し焦れて瑞希が名前を呼んだ。 「でもね、瑞希。わたし、まだ『好き』を模索中なの。ゆっくりで良いって言ってくれた人の言葉に甘えてゆっくり模索することにしたの。だから、瑞希と同じ『好き』にいつになったらたどり着けるか分かんないの。辿り着けないかもしれない...」 の言葉に瑞希は目を伏せた。 彼女にゆっくりで良いと言った人物が直感で閃いてしまった。 ああ、先を越されていたのか... 「僕も、それで良いと思う。僕、が僕と同じ好きじゃなくても、のことは好きだし、が別の人好きになったら..悔しいし、少し嫌がらせとかすると思うし、邪魔もすると思うけど...でも、僕はの友達、やめなくていい?」 は泣きながら笑った。 「ありがとう」 の言葉に瑞希はにこりと微笑み、頬にキスをする。 「でも、遠慮はしないから」 あれ、何か恐ろしい言葉を聞いた気が... お陰でいつの間にか、涙も引っ込んでしまった。 |
桜風
09.7.24
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