| 荷造りと言ってもそんなに多くない。引っ越すわけではないし、向こうでは滞在する家もある。そんなに困らない。 家の中の時計を見て慧が言った時刻が過ぎていることを確認して電話をした。 『はい』と相変わらず生真面目オーラを出した声が返ってくる。 「です」と名乗れば、「慧です」と返ってきた。 自己紹介しあいたいわけではないのだが... 「今から行っても良いかな?」 『はい。最寄り駅まで行きましょうか?』 そう申し出てくれた慧に気持ちだけありがたく受け取り、そのまま先ほど話した予定通り慧たちの自宅へと向かった。 「ああ、まあ。やっぱりそうだよね」 門の前では立ちつくした。 家が大きい。 あの聖帝に通っているのだから家は大きくて当たり前かもしれない。取り敢えず、良家の子息息女の通う学校だし。 「我が家に、何のようですか?」 不意に声を掛けられては驚いて振り返る。 ...警察官って制服着て通勤するのだろうか?というか、これは偉い人の制服?? 「失礼しました。慧君に用事がありましたので、こちらに伺いました。ただ、ちょっと家が大きかったので驚いてしまったもので...」 「...慧の、お友達の方ですか?」 「聖帝学園の卒業生で、と申します。ここ最近、母校に用事があってしばしば足を運んでいたのですが、生徒会長の慧君と副会長の那智君にお世話になっておりまして。今回は、慧君に本を借りる約束をしておりましたので、伺いました」 の言葉に納得したのか、彼は「では、我が家にお入りください」と促し、そのまま門の外に立ち尽くすのを許してくれない雰囲気となった。 断るに断れず、結局玄関に足を踏み入れる羽目となり、どうしたものかと悩む。 「慧、お前にお客様だ」 「お帰りなさい、お父さん。さん!?」 「こ、こんばんは...」 俯いてヒラヒラと手を振る。恥ずかしい... 「門の前で立ち尽くされていた。きちんと案内して差し上げなさい」 「あ、いえ。慧君が悪いのではないので、どうかそのような言い方は...」 が慌てて慧を庇う。 何せ、今この場に那智がいるのだ。慧が悪く言われれば那智の機嫌が悪くなるだろうし、後々面倒くさい。 「...そうですか。とにかく、ごゆっくりなさってください。何だ、那智も居たのか。珍しいな」 「ああ」と適当に返しながらもに対して冷たい視線を向けている。 もう手遅れの模様... 「さん、あがってください」と慧にいわれたが、明日が早いからと言って断る。 慧は残念そうにしていたが、事情があるなら仕方ない、と自室に置いていた『那智文庫』を取りに戻っていく。 「ホントに来たんだ...図々しいね」 声のトーンも低く、那智が呆れ口調で言う。 「仕方ないでしょ?」とは肩を竦める。 「さん」と戻ってきた慧の手には紙袋がある。 「5冊程度ですが...もう少しお貸ししたほうが良いですか?」 「ううん、ありがとう。また今度貸してよ」 そう言って受け取り、はそのまま玄関を後にしようとした。 「慧。おれ、サンを駅まで送っていくよ。夜道に女性一人って危ないし」 那智の言葉にはぎょっとする。 「では、僕も一緒に...」 「ああ、慧は明日の生徒会の議題についてちょっと考えることがあるって言ってたじゃないか。大丈夫、おれ襲われそうになったら逃げるから」 誰が誰に教われる設定で話をしているんだか... はそっと溜息を吐き、「大丈夫だから。ここら辺明るいし」と断る。 那智と2人きりで歩くのなんてちょっと面倒くさそうだし。 「遠慮しないでよ、サン。びっくりするくらい『一応』だけど女性なんだし」 「はは、そう気を遣ってもらうことないから。大丈夫、大丈夫。那智君と歩くほうが気疲れしちゃうだろうし」 「せんせ..さん。那智に送らせてください。やはり夜分に女性の一人歩きは危険ですから」 純粋に心配されては断りづらく、仕方なくは頷いた。 「慧君は純粋で優しいよねぇ...」 方丈邸を後にしてはそう呟く。 「ま、おれの兄さんだからね」 ...脈絡的にそれはないだろう、と言いたいが言ったらまたネチネチと面倒くさいことになりそうなので黙る。 「そういえば、那智君」 「何?ああ、アメリカからの土産は...」 「じゃ、なくて。理事長とは適当な距離を置いたほうがいいよ」 が言うと那智は足を止める。 「何のことだよ」 「...いくら君の頭が切れるからと言って、策謀をめぐらせても結局古狸には敵わないと思うのよね。どんなに経験が豊富でもキミはまだ子供だから。切れるカードの数が違うよ」 「何を知ってる...?」 「特に何も。ただ、嘘をつき通すって本当に大変だから。それって自分とその周りの人生を狂わせるとかそういう事態も考えられるし、それだけの犠牲を払ってでも突き通す覚悟がなかったら結局いつかばれるものだよ。時として、それは最悪のカタチで」 「偉そうに、何を...」 唸るように那智が言う。 「そうね、偉そうだわ。ただ、君が傷つけられたらもれなく慧君も傷つくと思うのよ。それって、イヤでしょう?」 「偉そうに、慧を語るな!ちょっと慧が憧れている作家だからって、いい気になるなよ」 冷たい、研ぎ澄まされたナイフのような瞳で那智が言う。 その曇った瞳に少しだけ懐かしさを感じた。 「そっか。ごめんね」 あっさりが謝るものだから那智は余計に苛立った。 「じゃあ、那智君。ここまででいいよ」 言い募ろうとした那智にがそう言う。 周囲を見渡すとそこは駅前だった。 「ありがとう、態々送ってくれて」 「...ああ」 「ねえ、那智君」 「何だよ!」 語気を荒げて苛立たしそうに那智が返事をした。 「お兄ちゃんに重いもの、背負わせるものじゃないよ。あなたが手を差し伸べられないなら、それは余計に。そして、あなたの苦しみや葛藤を話してあげなさい。お兄ちゃん、きっと喜ぶわ」 言い返そうとした那智に対しては改札を抜ける。 「くそッ!言い逃げかよ!!」 大人しく家に帰る気になれず、那智は夜の街へ足を向けた。 |
桜風
09.9.4
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