| 慧と那智をつれて先ほどの教室に戻ってみると、なぜか教壇に立っているのはで数学を教えている。 ドアについた小さい窓からこっそり覗きながら星太は首をかしげた。 「何やってんの、あの人」 一緒に教室を覗き込んでいた那智がつぶやく。 慧はすでにの講義に聞き入っている。 6年前の経験のお陰で人に教えることは慣れている。 は勉強に興味のない人間でも多少は興味が持てる進め方をしているようで、あの合宿のときに比べて彼らがとても大人しくしている。 「姉ちゃん、すげー...」 「星太って、シスコンだよねー」 星太の呟きが耳に入って那智がからかうように言う。 「まあ、そうだね」 全肯定の言葉に那智は少し驚く。 「でも、那智もブラコンだろう?」 星太の返した言葉に那智は機嫌悪く「おれは、慧が大切なだけだ」と返す。 「一緒じゃん」 笑う星太に那智の機嫌は益々悪くなる。 「俺だって、姉ちゃんが大切だよ。俺を育ててくれたのは、姉ちゃんだし」 那智は興味を持ったように意識を向ける。 慧の意識は相変わらず教室の中に向けられているため、少し離れた場所に移動した。 「親は?」 すぐに本題に入った那智に星太は苦笑する。 「子供を作った親が最後まできちんと面倒を見るとは限らないんだよ、この世の中」 星太の言葉に首をかしげる。 「ウチの親は、子供は作りたかったけど、育てたかったわけじゃないから。親は姉ちゃんが小学校卒業した日にあの人たちの都合で『ちょうどいいから』って離婚したんだ。俺たちに選択権はなくて、男親のほうに押し付けられた。男親も、俺たちの面倒は金銭的なものは見てもそれ以外はみたことなくてさ。俺の参観日は誰も来なかったし、成績票をもらいにくるのも、中学生の姉ちゃんだった。姉ちゃんが小学生のときはそのまま職員室で話を聞いて。 食事を取らせていないわけじゃないし、物理的に虐待をしているわけじゃない。だから、学校側はそういう問題にはしづらかったようだし、姉ちゃんがしっかりしてるから大丈夫だろうって。両親がそれぞれその道では高名な学者だったから余計に手を出せなかったみたい。 けど、そうやってしっかりしてるからって大人が勝手に判断して、その結果姉ちゃんが死にそうになったんだ」 さすがに不穏な単語に那智は眉をひそめる。 「どういう...」 星太は父親の癖について話した。 たくさん戸籍上の『母親』ができたこと。その中には姉を気に入らなくていじめている人がいて、姉はそれを無視して結局追い出したこともある。 自分が虐待されそうになったときには姉が本気を出して最短でその女を追い出したこともあった。 「俺にとって姉ちゃんはスーパーマンだった。けど、違ったんだ。家のことを全部やって、学校の成績もほとんどトップを維持して...その結果、心にかかった負担のお陰で体も悪くして。何も言わないから俺、気づかなかった。生物学上の母親の耳に姉ちゃんの健康診断の結果が入らなかったら、たぶん...姉ちゃんああやって教壇に立って後輩教えてることなかった。 俺、姉ちゃんより5つ下で、小学生だったから仕方なかった、って慰める人とかいたけど、それでもできることあったはずなんだよな。買い物に行ったり、掃除とか、洗濯物を取り込むとか。家事も少しは手伝えたと思う。俺、変な風に気を回して姉ちゃんの一人時間を作ってやるんだーって友達と遊び倒して... 姉ちゃんそれについて何も言わなくて。でも、姉ちゃんが体を壊して、縁を切ってた祖母ちゃんに母親が土下座しに行って診てくれるって話にはしたんだけど。姉ちゃんもう治す気はないって言ったから俺も渡米を決めたんだ。姉ちゃん、きっと俺がいたら心配で一緒にくるって言うと思って。けど、来なかった。育児放棄をしていた父親が、子供に気を回すことを覚えたなら自分はもう気になることないしって。 もうダメなんだ、って思ったら秋ごろに『春になったら渡米する』って電話が来て、そう思わせたのがあのB6だって聞いたときにはちょっと..正直むかついた。ぽっと出のクセに、って。でも、そのB6の中に一兄ちゃんと瑞希兄ちゃんがいるってのを聞いたらなんとなく納得したけどなー。 ま、というわけで、俺を守って育ててくれた人は姉ちゃんで。姉ちゃんがいなかったら俺はとっくに野垂れ死んでたかもしれないし、こうやってまともな大人になれていなかったと思う」 「...星太ってまともかなぁ」 思ったよりも重い話で那智は少し戸惑った。 星太はそれに対して苦笑して言葉は返さない。まあ、結構極度のシスコンだろうから『まとも』とは言いがたいかもしれない。 「けどさ、今でもあのときの俺の気持ち思い出せる」 「『あのとき』?」 「姉ちゃんが死ぬかもしれないって聞いたとき。たぶん、姉ちゃん自分の体の変化には気づいていたと思うんだ。でも、父親はともかく、俺にも教えてくれなかった。俺じゃやっぱり姉ちゃんの力になれないって切り捨てられたんだな、って。俺にだってたぶんできることがあるだろうし、そうなる前に吐き出してくれてもよかったんじゃないか、って。全部受け止め切れなくて零すものがたくさんあったかもしれないけど、少しくらいは受け止められたと思う。話すだけで、少しは心が軽くなるってあるだろうし。それすらしてくれなくて...それって、俺がいなくてもおんなじって事だろう?悔しかった。俺が13年かけて得られなかった信頼をあの人たちは半年で得たんだよな...」 星太はそう言って窓から見える、面白そうにの授業を受けている一や瑞希、悟郎を見て「やっぱ、ずりぃよな...」と呟く。 「那智もさ」視線は教室の中に向けたまま星太が言う。 「おれ?」 「那智も、腹にためたもの、兄ちゃんに吐き出してみたら?後になって、どうしようもないところで別の誰かから知らされる身にもなってみろ。悔しいんだぜ... 一度には無理でも、ゆっくり少しずつ。爆発しないうちに。誰かに勝手に慧にばらされる前に」 那智は驚いて星太を見た。 「お前の眸。あのときの姉ちゃんと一緒なんだよ。孤独を知ってる人の眸っていうのかな」 星太の言葉に那智は眉を上げ、そして睨む。 こいつもか、と。 そんな那智の視線を受けて星太はふっと笑う。 まだ知り合って1ヶ月も経っていなくて、顔を合わせた時間を全部足しても1週間もないだろうが、それでも那智は星太のその表情を初めて見た気がした。 いや、初めてではない。 星太のそれは初めてだが...、と教室へと視線を向ける。 ガタガタと教室の中が騒がしくなった。今日の補習はおしまいなのだろう。 星太はそのまま教室のドアを開けて、「姉ちゃん、花火!!」と念を押すように声をかける。 久しぶりの授業でぐったりしたは面倒くさそうに星太を見た。 「うわ、俺今超絶傷ついた!慰謝料を請求する!!俺と遊んでよ!!」 「ごめんねー。姉ちゃんはもうガス欠です。一に遊んでもらって」 「おー、いいぜ。何なら久しぶりにサッカーするか?」 一は上機嫌に返す。 「今は良いや。暑いし。だから、花火!」 「んじゃ、翼と瞬と北森先生にも話さないとな!嶺には連絡入れておけよ」 「時間が決まったら電話頂戴ねー」 そう声をかけるに「おー、わかった」と返して一は教室を後にした。 |
桜風
09.9.18
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