| 「大切なこと、ですか?」 激昂していたさっきとは打って変わって静かな声で慧が問う。 「そうね、大切なこと」 『学生の本分は勉学』と信じて疑っていない慧にとってはまったくわからないことだ。 「勉強なんてね、やりたきゃ塾にでも行けばいいのよ」 の言葉に慧は言葉を失った。 「し、しかし...!」 「まあ、私立に通うのなら、それなりに学力はいるでしょう。けどね。例えば、さっきから慧君が気にしているA4だけど。彼らは学力を買われて編入したのかしら?」 の言葉に慧は眉をしかめる。 「あれは...あれは、編入試験の担当がB6だったから」 だから、学力の低い生徒でも合格となった、と。 「それにしたって、学校の方針よね?翼たちに試験官をさせたのは。だったら、その責任を取るのは学校側のはずでしょう?」 が言いたいことがわからない。とてももどかしい。 「何が言いたいんですか?」 「子供が大人のケツを拭いて歩くことないってこと。学力が下がって、確かに君たちも迷惑を被るかもしれない。けどね、慧君は目下心配なのは受験でしょ?それは個人戦じゃない。自分が頑張ればいいのよ?」 「け、ケツ...」とが口にした品のない単語に固まったが、気を取り直す。 「違います!僕は怠惰な彼らが見ていて腹立たしいのです。学生の本分は..」 「勉強。けど、さっきも言ったけど、勉強だけなら塾に行けばいいのよ。ライバルしかいないけどね。でも、学校ってのはそうじゃないのよ」 の言葉を慧が訝しがり始めた。 「学校ってのは、友達を作ったりいろんな経験をつむところなの。だから、生徒会って言うプチ内閣があるし、部活動っていう小さな社会を作っている。勉強は一人でできるものだけど、社会は他者がいなければ成り立たないわよね?」 「だから、僕たち生徒会が内閣として法を作り、正しい道へと導いていっているんじゃないですか」 「...18年しか生きていない君がどうやって『正しい』道を示せるの?キミは少なくとも、他の生徒と同じだけしか生きていなくて、経験もその18年しかないんだよね?」 慧は言葉を失った。 だが、ここで引き下がれば負けてしまう。 「だが、あのクラスZの担任は僕たちと5歳しか違わない。たったの5年だ」 「5年って大きいよ。少なくとも、北森先生は慧君が経験していない大学受験とその在学中にレポートやら教育実習や、卒論とか就職試験とか。教え子を持つという経験を積んでいるわ」 「う..うるさい!!」 慧はとうとうとの議論を拒否した。 は肩をすくめ、温くなったアイスティを飲む。 「じゃあ、昔話をしましょう」 そう言ってはテーブルの上で手を組んだ。 「昔々あるところに、女の子がいました。彼女は学校の成績は優秀でした。何せ、勉強さえできていれば教師が..大人が干渉することもなく、ある程度の自由が利いたからです。大人からの干渉を嫌っていた彼女はいつでも校内でトップの成績を収めていました。 もちろん、そんな彼女ですから学校は楽しいわけではなく、学校なんて学歴社会にあわせてとりあえず通っているだけでした。 彼女は高校3年生のときに自己都合で転校しました。 そこで、教科書や参考書から学べないものをたくさん学ぶことができました。初めて『学校』に通っていると感じました。未来への執着がなかった彼女は、その1年で未来に向けて手を伸ばすことを決めました。 まだまだこの先、見てみたいものが出来たのです。 彼女にとって、卒業した高校が唯一の『母校』になりました。 ただ、彼女は18年生きていたにもかかわらず無為に過ごしていたので、同級生たちに比べて経験値が少なく、友人たちに遅れてたくさんのことを経験し、知らなければならなくなります。辛いこともあるけど、楽しいことや嬉しいことも同じだけることを知りました。彼女は今でも足掻いてもがいて、馬鹿みたいに悩んで自己嫌悪に陥っています。 けど、彼女には親友と呼べる存在があります。彼女が悩んでいるとため息を吐きながら話を聞いてくれる友達。気を利かした割にわけのわからないことをする友人。心配してるんだか、からかってるんだかわからない友人。元気付けてくれる友人に、気遣ってくれる友人。我侭を許してくれる友人。数は少ないけど、それでも彼女はとても幸せで、それは高校生活で得たもっとも大きくて大切な宝物です」 また一口アイスティを飲む。 おしまい、といった感じに。 「それは..さんの話ですか?」 慧が伺うように聞いた。 「さあ?けどね、慧君。キミは自分が失敗したことがない人間だって思ってるんだよね?」 以前会話をしていたらそんなことを言われて目を丸くした。 慧は頷く。 「失敗は、子供のうちにたくさんしておきなさい。守ってくれる誰かがいるときに。そして、失敗ってのは失敗で終わらせなかったら貴方の糧となるわ。言っとくけどね、失敗したことのない人間なんて浅くてものすっごく詰まんないわ。滑って転んで挫けて。けどそのたびに起き上がって立ち上がって這い上がって。そして満身創痍になりながら前に進んでるのよ、この世のたくさんの人は。 その途中にきっと手を貸してくれる人とか、一緒に悩んでくれる人。何も言わずに傍にいてくれる人が出てくる。探さなくても、貴方が生きることに真剣になったら、きっとね。 慧君はA4にはないものを持ってる。けど、A4だって慧君にないものを持ってる。補える存在よ、きっと。対極にある存在ってそういうものだから」 の言葉に慧は俯く。 「今の慧君は、こう」といって両手を平行に目の端から前に伸ばす。 「視野が狭くなってる。重いものを背負って一生懸命なのはわかるけど、それって本来はキミに仕事じゃなくて、先生たち大人の仕事。まだ18歳の少年が大人の責任を乗っけられているの。あの人たちは生徒の指導も含めて給料もらってるはずなのに」 はそう言って肩をすくめた。 へんなことを言う人だな、と思ったが慧は思わず小さく噴出した。 「...僕は、今でもあのクラスZの生徒たちは今までのツケを払うべきだと思います」 は苦笑した。ああ、頑固だなぁ、と。 「しかし、ちょっと考えてみようと..思います」 は目を丸くした。 「意外と、頭は柔らかいのね!」 嬉しそうに笑うに慧も自然と笑みをこぼした。 は立ち上がり、体を伸ばして慧の頭に両手を載せて、そのままわしゃわしゃとなでまわす。 「な、何を!?」 「べっつにー」と言って椅子に座ってまた食事の続きを始めた。 丁度慧の携帯がなる。 「すみません、そろそろ帰宅しないと...」 「うん、いいよ。今日はありがとうね」 の言葉に慧は首をかしげた。ご馳走してもらっているのは自分だし、話をしたいと思ったのも自分だ。 「誰かと食事をするのって結構久しぶりだから」 笑って言うに「こちらこそ」と礼を言って慧は店を後にした。 |
桜風
09.10.16
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